遊園地の夜



「大丈夫?」
 聞き慣れた声にエルフは顔を上げ、その手の主を見つめた。
 夜空を押し込めたような大きな瞳がエルフをとらえ、長い黒髪が風でそっと揺れる。彼女を彩るのは白いワンピ―スに紺色の夏物のカーディガン、ピンクの靴に淡い赤色のショルダーバッグと、そのどれもが彼女の魅力を引き出すのに一役買っていた。
 しかしエルフが好きなのは何よりも、彼女との会話であり、彼女の笑顔であった。
「……うん」
 たっぷり数秒見つめた後にエルフがぼんやりとした表情で答えると、彼女は「よかった」と笑う。安堵したような、はにかむような笑い方がかわいらしかった。
 彼女は頬を赤くし、わずかに視線を下へ向けて呟く。
「……来てくれて、良かった」
 エルフはほう、と息を吐いた。
 『間違えないで』良かったと、胸中に暖かなものが広がる。
「うん」
 エルフは彼女へ微笑みかけた。
「だって、呼ばれたと思ったから。何か相談?」
 一拍置いて彼女は息を吸い込み、「ええ」と満面の笑みで答えた。



「……いいわねー青春。私もあんなの体験したいわあ」
「……吐く……」
「人がひたってる時に横で吐かないでくれる!?」
 レリーは隣で蹲るロートゥから一歩飛び退る。対するロートゥはもはや抗議する気力すら失われているようで、吐かないよう口を押えるその顔は真っ青であった。
 短時間の最終兵器は相応の対価をロートゥに支払わせたのである。他者の夢に強制介入をし、自分だけではなく第三者までも介入の対象者とし、尚且つ、本来なら夢の主も払うべき対価を自らに課すよう細工する。前者二件だけでも既に容量を超えているものを、とどめの三件目でロートゥが払うべき代償は過去最大級のものとなった。
 二日酔いどころの話ではなく、もはや立つことも出来ない。ものを見れば眩暈がするし、気を抜けば胃から何かが喉を駆け上ってきそうである。レリーの黄色い声も、頭蓋に収まっている脳を揺らすようで不快極まりなかった。
 だが、どうにか理性を保っていられるのは、エルフの夢の行方を見守らんと必死なためであった。ここまで対価を払ったのだから、成功してもらわなければ道理に合わない。
「ひたるのはいいから……どうなってんだ」
 観覧車の足下に立つ二人から、ゴンドラの中は見えない。一番の特等席である、隣のゴンドラからエルフたちを見守ろうとレリーは提案したのだが、その時既にロートゥは対価の支払いに入っていた。足下が不安定な乗り物になど乗ってはいられない。
 そのお陰で地上から見上げる形となったのだが、下りたところで観覧車を見上げることすら出来ないのだから、ゴンドラに乗っても同じだったのではないか、とレリーは思い始めていた。吐けば吐いたで自分は逃げればいいと薄情なことも考えていた。
 片足に体重を預ける体勢でレリーは立ち、観覧車を見上げる。黄色のゴンドラは丁度、頂点にさしかかろうというところだった。
 夜空を背景に大輪の花が咲いているようだと思った時、ひゅう、と笛の鳴くような音が聞こえてレリーは眉を上げた。
「あら」

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