遊園地の夜



 エルフは遠くを見つめた。
「彼女に、袖を引っ張られた気がしたんだ。でも、それは間違いだと思ったんだ。……でも、それも間違いだったんだ」
 あの時、帰る間際で彼女は迷子になった。ふとした隙に姿が見えなくなったのである。頭のいい彼女のことだからそんなはずはない、どこかで怪我でもしているのではないかと皆して話していた時、彼女は照れたように笑いながら走ってきたのである。どこか悲しそうにも見える笑顔は、きっと一人ではぐれて寂しかったのだろうという結論に落ち着いた。
 だが、今でもあの風景は忘れられない。
 彼女は泣きそうな顔で笑いながら、観覧車のある方から走ってきた──
「……そうだ」
 エルフはやっと答えに辿り着いたように、安堵の息と共に言葉を吐き出した。
「わたしは、あの観覧車の中を知らない」
 その瞬間、エルフを中心として強い風が遊園地中に吹き広がった。落ち葉だけでなく、木に残った葉さえももぎとって夜空へと舞い上がらせ、色鮮やかな吹雪を暗夜にひらめかせる。そうして無数の葉が地面へと舞い戻ろうとする中、その向こうに見えるものを認め、エルフは思わず立ち上がった。
 この遊園地の色合いからすればいささか地味な、しかしよくある観覧車の形である。ゴンドラがグラデーションを描くように円を一周し、骨組みに沿うようにして白い電飾が輝いていた。
 「あの遊園地」の観覧車であった。
「……やあっと来たわね。これは見つからないわけだわ」
「時間ぎりぎりだ」
 エルフの時計は閉園時間まであと十数分というところまで時を刻んでいる。だが、観覧車が見える位置は、今から駆け足で赴いたとて閉園時間を過ぎてしまう所にあった。それはさんざんレリーに連れ回されたからわかることだった。
「だが、ここからでは」
「なに言ってんの。ここは夢なんだから」
 そう言いながらレリーはエルフを抱え上げた。
「あら、やっぱり枯れてるだけあって軽いわ」
「……あのなあ……」
「事実でしょ。まあいいわ、急ぐから先導よろしく」
「はいよ」
 ロートゥは溜め息交じりに応じ、力を溜めこむように身を低く屈めると、力強く地面を蹴った。途端、その小さな体が空へ向かって跳ね飛ぶ。
 唖然として見つめるエルフへ、レリーが笑った。
「なに驚いてんよ。夢なのよ、ここは。なんでもありなの」
「だが、わたしの夢だから君たちにも影響すると……」
「するわよ? でもあなたがこうしたいと思ったなら、わたしたちはそれに応えるだけの努力をしなきゃ。というわけで、うちのリーサルウェポンが火を噴くってわけ」
 レリーもロートゥのように身を屈め、彼と同じ軌跡を辿るように宙へ躍り出た。輝く電飾の海が瞬時に足下へと移動し、果てのない夢の遊園地は地平の彼方まで広がって夜空と口づけをする。
「これは……!?」
「慣れない人間は話さない! 言ったでしょ、最終兵器だって!」

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