「逆人形」



「おばあちゃんの部屋行ってくる」

 話の向きが怪しくなり、嵐は急いで方向転換をして祖母の部屋へ向かう。どこで聞いたのか母は嵐が雑木林に行くことに良い顔をしない。勿論それは息子を心配してのことであり、母として当然のことだが、嵐には邪魔以外のなにものでもない。

 彼等と付き合うことを邪魔しなければ、母を含め家族はいい理解者なのだ。それを無下に扱い悲しませることは自分の中でしてはならないことだと、線を引いている。

「仲島」

 呟いてみるも聞き覚えはない。六年生となると交流も薄く、特に風評がたたなければ他人も同然である。

「……仲島」

 繰り返し呟いてみて新鮮な気分を味わう。

 誰かの名前を――それも同年の子供の名前を呼ぶことなど、ここ暫らくなかったのだ。


+++


 翌日、邪魔する小鬼たち相手に苦戦しながらどうにか一日の授業を終え、足早にあの家へ向かった。約束を破られているかもしれないとは思わず、微かな昂揚感と共に走る。

 自覚はしていなかったが、嵐はあの少年に好感を持っていた。

 角を曲がったすぐ先で、少年が門の前に立っていた。嵐の姿を確認すると手を振って門を開ける。

「四年って授業終わるの遅いの?」

 肩で息をする嵐を招き入れながら尋ねる。嵐は「掃除当番」とだけ答えた。息を整えながらちらりと見た表札に仲島と書いてあり、母の情報の正確さに心なしかほっとする。

 門から家までは小道が続いており、中の造りは嵐の家と似ていた。しかし規模が桁外れに違う。きちんと手入れされた庭にあるささやかな池では鯉が数匹泳いでいた。尾を翻すそれが錦鯉だということはおぼろげな知識の中で理解でき、その鯉を飼うことが出来るのはいわゆる金持ちだということも容易に想像出来た。

「珍しい?」

 長い廊下を歩きながらぽかんと庭を眺めやる嵐を少年が振り返る。

「お前んちもでっかいんだろ」

「こっちの方がずっとでかいよ。うちには池もないし」

「ふうん、勿体ない。折角、庭があるのに」

 そういうものなのかと理解に苦しむ嵐の前で少年は右に折れる。慌ててその後を追った。

 一人で帰れなどと言われたら迷うこと必至なこの家で、少年を見失うなどもってのほかである。しかしその背中は曲がってすぐ左の部屋に吸い込まれ、後を追って恐る恐る部屋に踏み込む。

 小さな和室だった。入って左手に丸い障子窓がある以外には何もない。他には、と視線を巡らせた時、右手に小さな引き戸が見えた。少年はその前に立っている。


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