遊園地の夜



 聞いていたエルフの口許に笑みが浮かぶ。想像するだに気分のいい状態ではないだろうが、光景として浮かび上がるのは憐れみよりおかしさの方が勝る姿だった。
「では……その恩恵にあやかることのないようにしないと……」
「酔い止めを持ってきているんで多少は大丈夫です」
「多少ね、多少」
 茶化すレリーを睨み付けてから、ロートゥは憮然とした口調で「始めろよ」と相棒を促す。
「はいはい。じゃあ、特に要望がなければ北側から時計回りにいってみるけど?」
「お願いするよ」
「では」
 レリーは真北に敷地を構える、雪山を模したジェットコースターの絵に右手の人差し指を置いた。すると、絵の縁に沿って光のようなものが走る。光はそのまま右腕の紋様をなぞり、上半身を半周するようにして左腕の紋様へと移動した。そして手首まで到達するのを認め、レリーが左手を開くと、掌の上に映像を投影したかのような雪山のジェットコースターが映し出される。
「……これはすごい」
「褒めてくれて嬉しいわ。でも、見られるのは一方向だけだから、これで我慢してちょうだい。で、どう? 見たことある?」
「あるとも。これはわたしが中学生の時に友達と行った所だ……」
 ロートゥがすかさず斜線を入れると、映像は一瞬にして霧散した。レリーはムッとした様子で相棒を見下ろす。
「あんたねえ、感傷って言葉どっかに落としてきたんじゃないの?」
「現実に戻っても出来ることをここでやんなくてもいいだろ。時計を見ろ、時間がない」
「あらやだ」
 頬に手を当ててエルフの腕時計を覗き込む。時刻は八時を回ろうかというところだった。
 閉園時間が早くて九時だとすれば、残りは一時間を切ったことになる。夢の中のルールは原則、厳守されるものであり、途中の変更はよっぽどの強者でなければ出来ない。誰もが自分が作りだしたルールを覚えていればいいのだが、無論、夢の中のことなのだから覚えているはずもなく、エルフもまた然りである。
 しかも、今回のように時間が関わってくると、少々厄介だった。
 時間という目に見えてわかる概念は、そのまま夢の主人の命の期限に繋がりやすい。
 「この間に」、「それまでに」と考えていたことが達成出来なかったことの絶望は果てしなく、彼らの足を一気に死の沼まで引き寄せることが往々にしてあった。それでレリーもロートゥも痛い目を見ている。
「ちょっと急ぐわよ」
 にわかに慌ただしくなった二人につられるようにして、エルフも必死になって死にかけの脳細胞に命令を出し続けた。記憶の箪笥を全てひっくり返すのだ、と。

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