「逆人形」
暫らくは六年生の視線に悩まされることはないだろうな、などと構えていると少年はあっけらかんとした声で返した。
「人間がそんなの出来るわけないじゃん」
「だって皆、噂を信じてる」
「信じてたら本当にそうなるわけ。お前馬鹿だなあ」
「馬鹿じゃない」
テストの点数は別にして、と心の中で注釈をつける。
「……何かびっくりしたな」
「何が?」
「霊感少年ってもっと変な奴かと思ってたけど、結構面白いな、お前」
「……何でだよ」
「は?面白いじゃん」
わかっていないのか、わかろうとしないのか。
どちらにせよ面倒な人間であることには変わりなく、嵐は少年の横を通り過ぎようとした。
しかし足を向けた先に少年が体を動かし、また反対側から通り過ぎようとすると少年が阻む。それを五回ほど繰り返してから嵐は少年を睨み付けた。
「帰りたいんだけど」
「あのさ、もっと話聞きたいんだ」
「は?」
「俺そういう話好きだし。俺んちにもそういう古い本一杯あるんだ。だから明日うちに来いよ」
あまりに明るい声で言うものだから、嵐は自分が眉間に皺を寄せているのが馬鹿らしくなってしまった。
ずり落ちてきたランドセルを背負い直し、わかった、とだけ呟いた。
++
嵐の家は近所でも古いと評判で、子供たちの間ではお化け屋敷と言われていた。実際、鬱蒼と繁る松や桜や梅の木を見れば風情があるというよりも不気味と言った方が近い。手入れを怠った結果がこれだが、両親や祖母はそれなりに気に入っているようだ。庭師を呼んでどうにかしようという気は全く無いらしい。
周囲の洋風然とした家々も興味をひかれるが、嵐は自分の家が一番気に入っていた。広く、障子や襖ばかりの家は常に良い風が巡る。
「ただいま」
早口で帰宅を告げると、母が台所から顔を出す。
「お帰り。遅かったのね。居残り?」
「うん」
テストの点があまりにも酷く、居残りさせられることもしばしばだったので、そう言っておけば母も心配しないことを嵐は既に学習済みだった。素早く答えて居間に入ろうとする。だが、ふとあの大きな家が気になり、台所に立つ母を振り返った。
「ねえ、この辺に大きな家があったの知ってた?」
「この辺?そうねえ、仲島さんのお宅かしら」
「仲島?」
記憶の中で照合しようとするも無駄だった。あの少年の名前を聞くのを忘れていた。
「地主さんよ。古いお宅でね、うちといいとこ勝負じゃないかしら」
とんとん、と包丁を動かしながら言う。その時、母は何か思い当たったように顔を嵐の方へ向けた。
「仲島さんのお宅なんて学校と反対側でしょう。あんたまた雑木林に……」
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