遊園地の夜



 レリーは視線を移動させた。多くの観客の中から茶色い背広姿の初老の男性を見出す。帽子を被り、杖を持った姿はどこかの映画にでも出てきそうな洒落たいでたちで、角度によって銀色にも見える白髪は綺麗に整えられている。遊園地よりもカフェが似合いそうな落ち着いた佇まいではあるが、その瞳はきらきらと輝いて花火をとらえていた。
 まるで子供のように、嬉しそうに花火を仰いでいる。
「……俺らじゃないなら、あの人だよなあ」
「職業柄ってやつかしらねえ……」
 男性は自身を見つめる視線に気づき、二人に手を振って見せた。レリーは笑顔で応じながら、ロートゥへ話しかける。
「私、無理。ここ長居するの無理。こんなにざわざわした場所初めてだわ」
「同感。さっさと終わらせて抜けよう」
 相性最悪の二人はここで初めて意見を一致させ、ベンチから立ち上がった。


 場所を移動した三人は、遊園地内のオープンカフェでコーヒーを飲みながら向かい合った。
 男性は名をエルフという。
「……そんなにおかしいのかね、この状態は」
 コーヒーを一口含み、エルフは辺りを見回す。楽しげに行き交う人々でごった返しており、夜の遊園地の風景としてはさしておかしな部分はない。
 ただし、それは「現実」であればの話である。
 ロートゥは眉間に手をあてて数秒黙った後、努めて落ち着いた声で言った。
「……最初に話した通り、ここは現実ではありません」
「覚えているよ。ここはわたしの夢の中なんだろう」
 エルフはなんでもないことのようにさらりと答えた。状況把握が出来ていてのこのマイペースさは、どこぞの男を思いだし、ロートゥは隣に座るレリーを見やる。こちらよりは品がよく、まだ害は少ないが、と溜め息をついた臨時の相棒の態度に、レリーは女の勘を働かせるまでもなくその真意に気づいた。
「あんたいま、失礼なこと考えたわね」
「いや、上品かどうかってのは案外重要な問題なんだなと理解した。品位がどうのってのを再考しねえとな」
「それは良かった」
 エルフはそう言って朗らかに笑い、再びコーヒーを含む。夢の中であっても薄いコーヒーの味はした。宇宙船を模したカフェの紙コップに満たされる茶色い液体を覗きこみ、エルフはここへ来て初めて不満そうな声をもらす。
「……いくら夢と言えど、この味はいかがなものかな……」
「あなたが作りだした夢なんですから、その味もあなたが作ったんですよ」
「そう言われたらそうだな。自分の妄想を味わう羽目になるとは思わなかったから、この辺りは随分適当に書いていたものだ」
 まあ、と言って再び笑う。
「小説家冥利には尽きるというものか。自分の書いた世界を体感出来るのだから。これで商売をしないのかね? 芸術家連中にはうけると思うぞ」
「いやいや……」

- 175 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -