「逆人形」
『二連杉の』
先を歩きだす老人が呟いた言葉にまたもやびくりとする。
『呪いだがな。あんなものは嘘だ』
嵐はゆっくりと老人の後を歩き始めた。
『引き離された親子が二度と離れぬようにと、姿を転じたのが二連杉だ。呪いなんぞの媒体などになろうものかね』
呪いとはかけ離れた存在であることを証明され、ほっとする。しかし奥底に残る反抗心が首をもたげ、嵐は自分でも驚くほどに低い声で人形のことを問うた。
「人形は?声も聞こえたんだろう」
『小鬼の言い分を信じるか』
厳しい物言いに嵐は顔を赤くする。ひどく恥ずべきことをした気分に陥った。
『……何を信じようと構わんがね。声は杉のうろに風が通って響いたものだろう。冬の夜風は強く厳しいからな』
そこで一息つき、人形は、と続ける。
『あるかもしれんな』
嵐は老人の後頭部を見た。
『二連杉の由来を知れば、それなりに力を帯びた杉だということは誰にでもわかる。杉を使って人形を作った者がいるかもしれん』
「誰が?」
『あるいはいないかもしれん』
質問を無視し、話を進める老人に抱くのは先刻から反抗心ばかりだ。どうにかして負かしてやりたいという思いに駆られ、嵐は足を早めて老人を追い越す。嵐に出来ることはこれぐらいだった。
『お前は』
肩をいからせて歩く嵐の右隣から老人の声が聞こえる。目を丸くして振り返れば、老人は地上数センチばかり浮いて並んでいた。
『人間のくせしてなかなか無謀な奴だ』
「うるさい」
『しかしまだ世界を知らなすぎる』
「知ってる。僕は皆よりも目がいいんだ」
『よすぎるが故にその真実の姿を見極めようとしない。浅はかな見方のみでは、いつか破滅するぞ』
「黙れ!」
感情にまかせて腕をないだ。しかし衝撃はなく、老人は軽く跳躍して数メートル向こうから嵐を見据える。厚い眉と髭が表情を隠し、不思議な神々しさがあった。
『去れ。お前がこちら側に入ってくるにはまだ幼すぎる。餓鬼の魂こそ甘美なものはないが、愚かなものもない』
「何も知らないくせに、勝手なこと言うな!」
『その通り。お前のことなんぞ何も知らん。だからこちら側の者はどんなことでもする』
ぐず、と老人の姿が溶け始める。粘性のある液体が土に還ろうとしているように見えた。
『こちら側の者はお前たちに対して、何の責任も持ってないからな』
地上から顔半分だけ覗かせた状態の老人を大きく迂回し、嵐は駆け出していた。
何故説教されなければいけないのか。それも今更になって。
わからないことが腹立たしかった。
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