時、馳せりし夢 「一」



 ただし、難関を突破出来なかった場合のリスクは大きい。「魔」を見続ける彼らは往々にして、視力に異常を抱えることが多かった。しかし、何故か見えなくなるということはなく、遠くのものが見えすぎてしまったり、異常に近くのものしか見えなくなったりと、「見える」ことに由来する異常をきたす。順位越えをすれば軽減されるし、越えるまでは軽度なもので済むが、突破を失敗した際、反動のように大きな障害となって彼らを襲った。
 ヘンデカは、これを失敗していた。
 十一番目の名前を与えられたヘンデカは、十一番目の仕事をクリアしなければならなかった。だが、迷いのあったヘンデカはクリアも失敗もせず、仕事から逃げ出した。過去の搦め手が足を掴んで離してくれない。そして目は異常をきたした。
 ヘンデカの場合は生物に関してのみ、段々と「そのものの姿」から遠ざかった見え方になっていくようだった。結晶の次は何だろうと思うとぞっとしない。
 ヘンデカは小さく息を吐き、同心円の向こうの女性を見つめる。目は落ちくぼみ、すっかり痩せてしまっていた。部屋の中を行ったり来たりし、口の中で何事かを呟きながらドアの側に小一時間立ち尽くす時もある。手首には多数の切り傷が見え、首にも赤黒い痕が数本見え、その影響か、部屋には備え付けのベッド以外何もなかった。机や椅子はおろか、自傷に使われそうな物は全て取り除かれている。
 掃除、洗濯をこなし、時に庭仕事もしながら日常を生きていた彼女を見ていたヘンデカからすれば、その変わりようは正視に耐えないものだった。
 彼女だけが、唯一、人に見える。
 それは、越えるべき壁が彼女であることを暗に示していた。
「……どうしろって言うんだよ」
 便箋に向かって呟いてみても、答えが返ってくるはずもない。
 誰かの生活を覗き見している自分が、まるで神のようだと錯覚したことがないかと聞かれれば、ないとは言えなかった。その優越感を楽しんでいた部分は確かにあった。
 だからこそ、あの事件はヘンデカの在り方を、天から人のそれにまで叩き落とすには充分な力を持っていたのである。
 ボスはきっと、それを見抜いていた。お前は、普通の人とちょっと違う人でしかないんだよ、と。人を撃つのも、人を助けるのも、人を圧迫するのも、同じ人だ。
 人に期待し、人に夢を見、人に裏切られ、過去に縋りつくのも。
──どちらも、人でしかない。
 ヘンデカはあのサイコロを取り出した。外の光を得られた緑色のサイコロは嬉しそうに光る。組織から順位と共に与えられた武器だった。
 便箋を目の高さにまで掲げ、様々な方へ向ける。真西の方向で同心円が震えた。この方角に女性がいるらしい。
 ヘンデカは便箋を真西の方向に置き、サイコロの中に仕込んである針で指を刺して血を出した。充分に指で押し出したところで、同心円の上から自身の名前を署名する。仕事を開始する合図であり、これで仲間たちにはヘンデカが仕事をすることが伝わる。血の署名は邪魔をしないように、という警告でもあった。

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