時、馳せりし夢 「一」



「お前、操作の意味をわかっていないだろ」
「そりゃ、世の中の均衡を保つとか……そういうもんなんでしょう」
「また、めでたい頭だねえ。よく聞きな。あたしらが操作するのは人の数だよ。消えるべき時に消えない人間はどうしたって針を黒くする。世の流れに逆らってるんだからね、当然のことさ。そういう異物を見つけて排除するなり観察するなり、流れが滞ることがないよう働くのがあたしたちだよ。おわかりかい?」
「でもそれは、あれでしょう。犯罪者とか、そういうのの予備軍とか」
 くわえていた葉巻を取り、女傑は鼻で笑う。
「誰でも予備軍さ。あんたもあたしも、そこらで笑ってアイスをつついてる子供でもね。悪事を働いたからそうなるってわけじゃない。あの黒針を放置したのはそういうことだ。ちょっとあの町は異物が多すぎるから、処理する前に一働きしてもらった」
 ヘンデカは愕然とする。これまで築き上げてきた物が瓦解する音を聞きながら、それでも問うた。
「……じゃあ、俺は、今まで何をやっていたんですか?」
「十一番目の名前をくれたにしちゃ、間抜けな質問だね。あんたは自分が神か何かにでもなったつもりだったのかい? あたしらはただの人間さ。ちょっと人より目が良くて、妙な力があるだけだ。だから、持てる者は持たざる者の為に働く。世の中がこれ以上圧迫されないようにドブさらいをして、針を拾って回るんだよ」
 ボスは葉巻をくわえ、煙をたっぷり吸いこんでから吐いた。
「……妙な夢を持つんじゃないよ。あたしたちは昔も今も、正義の味方じゃない。過去の仕事の結果に縋りつきたいなら好きにしな。決して褒めたもんじゃないがね」
 そうですか、と答えた自分の声がひどく乾いていたことをヘンデカは思い出した。あの時の葉巻の匂いも、ボスがつけていた香水の匂いも昨日のことのように覚えている。だが、ボスがどういう表情でそれを言ったのかまでは思い出せない。
 幕引きを許されたはずの事件だった。だが、例の女性は心を病んで入院、事件は大体的にとりあげられ、ハイエナがたかるように多くの人間が彼女に集まった。助けてくれたと言う者、糾弾する者、そして彼女を利用しようと考える者。
 過剰防衛という判決が一度は出たことで現在も、彼女の本心とは関係のない所で弁護士たちが争っている。どうしても、あの女性を救世主に仕立て上げ、自らの利権の泉にしたいようだった。
 彼女は自殺未遂を繰り返すようになったらしい。
 黒い針が深々と頭に刺さっているのを、ヘンデカは緑の同心円の向こうに見ていた。
「……」
 ヘンデカたちには組織に入ると同時に、実力による順位づけがされ、その順位に応じた名が与えられる。そしてそれは、彼らがいつかは越えなければならない壁となって立ちはだかる仕組みになっていた。
 強さに応じた仕事をこなしていき、順位と同じ数になると、当人の実力以上の仕事を割り当てられる。難関を突破することで武器のリミッターが外され、更に上を目指すことが出来、組織の幹部へと入りこむことも夢ではない。妙な仕組みだが、これが案外上手く回るのだった。

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