「逆人形」
『それがな、おかしなことに無かったんだ』
『作り話もたいがいにしろ。二連杉の見物で充分だ』
そう言いつつムジナの毛が逆立っている。よほど怖いのだろう。
対して小鬼は話の真偽がいまだ偽の方へ偏っていることに腹を立て、ムジナに詰め寄る。
『おれは確かに見た。もしかしたら今日も来るかもしれん』
『やだね。こんな寒い中一晩も外にいたら凍えちまう。一人で行け』
『腰抜けが。怖いのだろう』
『何を』
『やるか。それとも賭けにのるか』
腕っ節に関しては自慢出来たものではないムジナはふん、と鼻を鳴らして老人を振り返る。
『お前は』
『興味がない。二人で行くんだな』
『お前は』
ムジナと小鬼の目が嵐を見据える。思わずびくりとした。
好奇心が無いと言えば嘘になるが、恐怖心が無いと言っても嘘になる。つまり嵐は怖かった。異形が行う奇行は目新しく楽しいものだったが、人が行う奇行など恐怖の対象にしかなりえない。ましてや呪いなど、実際その単語を口にするのも躊躇われるほどに恐ろしい。
苦笑しつつ嵐は手を振り、一歩後退りした。
「やめとくよ。今日はもう帰らないと」
また一歩後退りし、踵に当たったランドセルを急いで肩にひっかける。四つの目玉が興醒めしたような色を帯びた。
『腰抜けはやっぱりお前か』
『帰れ、帰れ。土産も持ってこない奴などいらん。そのかわり』
小鬼は嵐の眼前に指を突き出す。同じくらいの背丈のはずだが、いやに圧倒される。
『二連杉のことは誰にも言うなよ』
両眼の奥に危険な光が宿るのが見えた。嵐は無言で頷き、震える足を叱咤しながらその場を逃げるように去った。後ろからムジナと小鬼の哄笑が聞こえる。
馬鹿にしているのだろう、と思う。
――でも彼等は決していじめない。
彼等は自分たちの世界を共有出来る人間を探していたのだし、嵐もまた同様だった。自分を理解するのは人間の世界ではなく、確かに異形の世界だったからだ。
小走りだった足並みが全力疾走へ変わるまでには数分と経たなかった。だが普段の運動不足が祟って、その足が止まるのにも数分と経たなかった。
『ゆっくり歩け』
心臓が跳ね上がる。息を整えながら振り向けば、あの老人が平然とした顔で立っていた。
『お前の足では走ったところであやつらにはかなわん。歩け』
有無を言わさぬ物言いに嵐は口を閉ざす。息が荒すぎて話せないというのもあったが、微かな反抗心もあった。なぜここで馬鹿にされなければならない。
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