時、馳せりし夢 「一」



 トリアーコンタが指摘した通り、少し前は全てが花に見えていた。ヘンデカが記憶する限りの花を用いて、人や犬猫の形を模しているのである。袖の先からユリが咲いていたり、何十本ものチューリップが絡まって出来あがった犬が、シロツメクサの尻尾を振ってきたりと、なかなかにシュールな光景だった。
 その次が岩である。こちらも記憶する限りの岩を使って生物を表現するのだが、花以上のグロテスクさはなかった。ただ、言葉を交わし、触れてもどこか夢の中をさまよっているような非現実感が常につきまとい、慣れるまでにはかなりの時間を要した。
 そして、今の結晶に至る。結晶と言ったはいいが、その範囲は雪から塩までと多岐に渡り、随分と大雑把なくくりで表されているのだなとヘンデカは呆れた。無論、それも自分の記憶由来のものなのだから、大雑把の一端は彼自身にも起因する。
 岩という通過点があったお陰で、結晶へと変化した時はさほど戸惑うこともなかった。
 ただ、こんなにも早いものなのかと驚いた。生物から無生物への変化はひと月もかからなかったように思う。
 ヘンデカは歩きながら、無意識にズボンのポケットへ手をつっこんだ。すると指先に硬い物が触れ、ヘンデカは顔をしかめてそれを取り出してみる。無骨な手の中に納まって現れたのは二つの緑色のサイコロだった。まだ返していなかったのかと思い、トリアーコンタに渡そうかと道を振り返ったが、そうするだけの勢いを今のヘンデカは失っていた。それもこれも、トリアーコンタがあんな手紙を渡すからである。
──最後通告。
 捨てても良かった。どうしてくれても構わない、というのは真実だろう。あの場で灰皿に置き、火をつけてみせれば、組織の方もヘンデカを放棄しようと考えるに違いなかった。だが、そうするだけの決意を鈍らせるのがあの手紙である。
 サイコロをポケットに戻し、ヘンデカは再び速足で歩き始めた。大通りを抜け、途中で細い道に入る。そして更に細い道へと入り、人気が全くなくなったところで足を止めた。そこは壊れかけたビルの真裏で、いるのは無法者か死体かというこの世の隙間のような場所であった。
 壁の表面を覆っていたコンクリートは剥げ、むき出しになったレンガが時代を感じさせる。窓や非常階段は鉄さびで覆われて元の色もわからず、触れれば金属が剥げて落ちた。新しい時代の到来などこの場にはなく、前時代の物が段々と生気を奪われながら生き続けている。ヘンデカはこういう場所をよく選んでいた。
 壊れそうな非常階段を辿り、屋上へと出る。地上では感じなかった冷たい風が全身を打った。ビルの合間で勢いを増した風が我が物顔で駆け巡っていた。
 はためくジャケットの内ポケットから手紙を出し、開封しようと手をかける。すると、ヘンデカが力を込めるまでもなく、封蝋へ勝手に亀裂が走り、まるで中から何かが押し開けたように封が開いた。

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