すっかり陽も暮れて、辺りは黒い闇に包まれていた。
周りには人家の影も街灯の一つもなく、ただただ深く濃い緑の気配に包まれている。要するにものすごい山奥。
そんな中を、明良はスイスイと車を走らせている。
「本当にこの道でいいの?家なんか全然見当たらないけど」
器用にハンドルを操りながら、明良は後部座席の少女に尋ねる。少女の隣には、嵐にもらった四つ葉を大切そうに握っている女の子の姿があった。
「ええ、大丈夫です。このまま道なりに進んでください」
「了解」
明良は軽く頷き、口笛を吹きながらアクセルを踏み込む。
そんな明良を横目で睨みながら、嵐は真剣な口調で言う。
「暗くなってから口笛を吹くとゴロスケホッホが来るんだぞ」
「は?ゴロスケホッホ?何だそりゃ。違うだろ、口笛に誘われて来るのは蛇だろうが」
「どっちにしても嫌なものには違いない」
「へへん、だ。俺、蛇なんて怖くないもんね」
そんな二人のやり取りに、後部座席からくすくすと笑い声が洩れる。
嵐と明良がバックミラーを覗き込むと、少女と女の子が腹を抱えて笑っていた。
「へえ…」
少女の屈託のない笑顔を見て、明良は思わず感心したような声を出す。
「君、そんな風に笑えるんだね。うん。笑ってるほうが絶対に可愛いよ」
そんな台詞を言われ、ミラー越しにウィンクされて、少女はぱっと頬を染める。そんな反応に、明良はますます気を良くしたように口笛を吹いた。
「だから、口笛吹くのやめろって」
「え、いいじゃん。別に」
またしても嵐と明良の不毛な言い争いが始まり、四人を乗せた車は賑やかに山道を進んで行くのだった。
それからしばらく走ると、白樺林の向こうに仄かな灯りが見えた。
「あそこです」
少女が灯りのほうを指さすと、木々の透き間から小さなレンガ造りの建物が見えてくる。そのまま建物に向かって車を進めると、やがて木の扉と入り口の看板が目に入った。
《喫茶・雑貨 猫目堂》
『あなたの探しているものがきっと見つかります。
どうぞお気軽にお入りください』
- 35 -
[*前] | [次#]
[表紙へ]
[しおりを挟む]