Piece25



Piece25



 ロマは替えの点滴を手に通路を歩いていた。狭い通路の片側は個室が並び、片側は窓となって開放感を与える。窓の外は風景が二分され、上半分は遠く星の世界を透かし見るような夜空であり、下半分は波打つ雲の海であった。月の青白い光が雲を照らしてほのかな輝きを与え、見る者を真摯な気持ちにさせるが、窓の向こうは氷点下の世界である。ひとたび外へ出ようものなら体温は一瞬にして奪われ、幻想の世界から死の国へと直行便で落とされるのだ。開放感よろしく、眺めていると足がむずむずして落ち着かなくなるので、ロマは極力、窓の側は歩かないようにしていた。
 人生の内で一度は乗ってみてもいいとは思っていたが、いざ乗ってみると感慨よりも恐怖が勝る。しかも、まさか自分たちのところへ直接、飛空艇の方が乗り込んでくるとは思わない。正規ルートで乗らないあたりが、自分たちらしいと言えばらしかった。
 地響きと共に現れた飛空艇を前に、鍋の底がやって来たと思った己の想像力を嘆く暇もなく乗り込まされ、ようやく見つけたギレイオを回収してから二日になる。
 運び込まれた時、ギレイオは過度の脱水症状と栄養失調を起こしており、そのままベッドへ直行となった。数日かけてワイズマンの所で回復してきたものを一瞬で破砕されたことをワイズマンは怒るでもなく、ギレイオの治療に取り掛かり、安定してきた今はロマがそれを引き継いでいる。彼の優秀な師は今、飛空艇の見学に忙しい。ゴルと競って内部構造を見たがるものだから、飛空艇の乗務員はやめさせてくれないかと、時々にロマへ愚痴をこぼしにくるのだった。
 自分に言われたところで解決するわけでもないのに、と溜め息をついてギレイオの部屋に向かうと、戸口の前に立つ二人を認めてロマはまたしても溜め息をついた。
「……入ればいいのに」
「え、いや、それはちょっと、ねえ」
 ヤンケは慌てて辞退し、隣に立つ青年へ助け舟を求めるように見上げた。
 しかし、温和そうな青年は緑色がかった瞳に困惑を浮かべて同じ言葉を返す。
「いや、俺もそれはちょっと、まだ」
「まだとか、ねえとか……いいから入れって。そこにいられるとオレがうっとうしい」
「じゃあお言葉に甘えて……」
 どちらもロマのその言葉を待っていたようだった。自分だけでは入れないが、誰かに便乗して入るなら身構えもそれほどしなくて済むとでも思っているようである。ヤンケならまだしも、ロマよりも年上の男がそんな態度であると、いささかいらつくのも事実だった。
「ギルの知り合いでしたっけ」
 年上だからと一応は敬意を払っておく。その律儀さが時に慇懃無礼と思われるのだが、ロマには関係ない。師の影響を多分に含んだ性格になりつつあることを、彼は残念ながら自覚していなかった。
 男は尋ねられて曖昧に答える。さらりと揺れる薄い色の金髪はどこかで詩でも読んでいる方がお似合いな風貌を彩るが、どういう間違いか彼も飛空艇の乗務員の一人であり、ギレイオの知り合いだと言っていた。

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