Piece23
Piece23
“異形なる者”の進行により、人同士の争いは「そんなことをしている場合じゃない」程度のものにまで優先順位を下げられた。しかし、大規模な戦争がなくなっただけであり、街中における小競り合いがなくなったわけではない。戦争を一種の捌け口としていたような人種からすれば物足りない時代であり、そんな小競り合い程度で鬱憤を晴らそうとわざわざ首を突っ込む者もいた。
ディコックは喧嘩の仲裁をしていたという。仲裁というよりは、自身が出していた店の前で喧嘩が始まったため、仕方なしにいさめる側に回ったという方が正しいようだ。しかし、元より喧嘩をすることが目的の喧嘩である。仲裁が入ったところで止まるわけもなく、むしろ、止めに入ったディコックを邪魔として彼らは意識的に乱闘に巻き込んだ。
帰ってきたディコックの遺体は、顔の判別も出来ない有様だった。腫れ上がった顔は目の位置もわからぬほどで、全身に殴打や蹴りつけたような跡がある。ホルトやウィリカは正視出来ずに泣き崩れたが、ギレイオは父親の右手から目を離せずにいた。
職人としての指は、どれも叩き潰されていた。
悲しみよりも怒りが勝ったのは言うまでもない。
ディコックが何をしたというのか。ただ仕事をしに行っていただけのものを、鬱憤を晴らすしか出来ない輩が彼らの事情に一方的に巻き込んだ。その挙げ句にこの仕打ちであるのなら、こちらにはやり返す正当な理由がある。
──理由も方法も、ギレイオにはあった。
乾いた目で父親を見つめるギレイオを、ホルトは睨み付けていた。その視線だけで射殺せることが出来たらという意志を感じる目には、さすがのギレイオも気づいて顔を上げる。そして互いの目がかち合った結果、最初に視線をそらしたのはホルトの方であった。彼女は初めて、差別していた対象に恐怖を感じたからだった。
ダルカシュの人間は死後、花畑に弔われる。永劫に仲間を見守れるようにとの祈りを込めたものだが、一方で栄養としての意味も込められていた。動物や行き倒れになった冒険者の死体だけでは賄いきれない部分が多いのも事実で、だからといって花によって得られる収入は無視できない。ディコックも当然、そうなることは承知済みだったが、まさかこのような形で入ることになるとは誰にも予想は出来なかった。
粛々と葬列は進み、岩山を進んでいく。誰もが唐突で残酷な死に打ちひしがれていた。ウィリカとホルトの衰弱ぶりは周りが心配になるほどで、村で休むように言われたが、無理を強いて葬列に加わっている。時折、付き添う女性たちが歩くのを助けていた。
一方のギレイオは前を行くディコックの遺体から、少しも目を離さなかった。棺の中にあるのは変わり果てた姿の父親で、見つめたところで奇跡が起こるわけでもなく、注意深くギレイオの様子を見ていた者なら、その目に宿る激情に気づいたことだろう。
花畑は以前となんら変わりない顔で来訪者たちを迎えた。しらじらしいまでに無表情な花からは、なんの感情も読み取れない。植物であるから当たり前なのだが、美しいものを目にすることで浮かぶ感慨というものもあろう。だが、この花々はそんな感傷を呼び起こす優しさは備えていなかった。
棺を置いて一通りの儀礼を済ますと、近親者ではない女子供は下山する決まりとなっている。そうして残った近親者と男たちで花を掘り返し、土に埋めるのだった。もちろん、花を手折ることになるのだから魔法も必要となり、多少の手間を要する。
少しずつ人が下りていく中、ウィリカの視線が棺から外れた時にそれは起こった。
- 385 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ