Piece18
Piece18
放心状態でロマは椅子に座りこんだ。隣の執務机を挟んで向こうでも、ワイズマンが珍しく疲れたように座っている。両者の顔に力はなく、かと言って眠って回復したいという願望があるわけでもなかった。虚脱した風に、二人は黙って座っているしか出来なかった。
サムナの調査をした時も疲労を感じたが、あの時は「いい疲労」だったとロマは思い返す。疲れていても何かをする意欲が、腹の底から次々と湧いて出るようだった。だが、その対極もあるのだとロマは知った。
お茶でも入れて飲めば少しはマシになるだろうか、と重い腰をあげかけた時、処置室の扉が開き、中から小柄な人影が出る。ロマたちと同じように重い足取りだが、声をかけられるくらいには気丈なようだった。
「……お茶、入れますね」
ヤンケはぎこちなく言い、のろのろとお茶を入れて二人に渡した。
しばらく誰も話すことなく、お茶をすする音とコップを置く音のみが繰り返される。お茶の香ばしい匂いが立ち込めたが、それが誰かの心を宥めることはなかった。
ヤンケも隅の丸椅子に腰かけて、お茶を抱えたまま動けずにいた。
ネウンから託されたヒントを元に、「日記」が読めたはいいものの、その内容を伝えるべき相手がどこをさ迷っているのかがヤンケにはわからない。ネットワークを通じて探しても、どうやらその網がすくえる範囲にいないらしく、もちろんマトアスにいるのかすらも不明である。そうして嫌がるゴルに頼み倒して、ギレイオたちが自分たちの次に立ち寄ったはずのワイズマンの居場所を教えてもらった。とりあえず次に行った先で、また兄弟子たちが立ち寄りそうなところを教えてもらえばいいと考えていた。
ワイズマンは突如訪れたヤンケの素性を知ると一瞬、嫌そうな顔をしたが、その目的と「日記」の二文字を耳にするや、ギレイオに許可を取った上でという条件付きで「日記」を見せる約束をし、その対価として、ギレイオが見つかるまではここにいてもいいと言ってくれた。
それから不思議な共同生活が始まり、少しずつ変人二人に慣れてきた一昨日、マトアスの元剣術学校で盗賊による略奪と大規模な爆発があった、という情報が入った。トラブルメーカーの二人だが、まさかその中心ではないだろうと三人で笑って話していた矢先、ギレイオが無残な姿で戻ってきたのだった。
ヤンケは兄弟子のあんな姿を見たことがない。いつでも不敵で、お金に固執し、がめついことこの上ない。彼は常にヤンケの前に立ちはだかり、ヤンケの気持ちを逆なでする相手であるはずだった。だが、今はどうだろう、と処置室の中で見たギレイオの姿を思い出し、ヤンケは眉をひそめた。
医学に関しては門外漢であるヤンケにも、ギレイオの状態が非常に危険であることはよくわかった。いつもとは違うという時点で警鐘を鳴らすのには充分だったが、それが得体の知れない不安を呼び覚ます。あれほど「死」に急いでいるような人間であるのに、不思議と、ヤンケも、おそらくはゴルもだろうが、ギレイオの姿に「死」という現実を重ねて見ることは出来ていなかった。そうだろう、と言葉で認識することは容易くとも、現実としてその瞬間を迎えることはないかもしれない──ギレイオの性格と腕っぷしなら大丈夫だ、と、彼女らも認知しきれなかった箇所で安堵していた部分がある。
だから、こんなにも驚いて動揺していた。
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