十周年番外編 Another×Route
灰色の空から白い羽が落ちてくる。風のない中をひらひらと舞い降りてくる姿は頼りなく、儚げであった。留まるところを探すように宙を漂い、地面に落ちては先人たちの後に続いて白い絨毯の一部となる。
触れれば溶ける刹那的な要素と、か弱い見た目に反して、雪は積もればそれなりに迷惑な冬の使者であった。白い羽などという詩的な表現を与えてやるのももったいないと思うほどである。同じ羽でも、これだけ積もれば悪魔の羽であろう。
ギレイオは首を巡らせて昨日と変わらない風景に溜息をついた。
見渡す限り一面雪景色であり、遠くに見える山々は真っ白に染め上げられている。地面よりギレイオの身長分高く積もった雪は純白の布団を被せられているようで、その下にある家々など雪の上にあっては微かに波打つ程度でしか、その姿を認められなかった。
高い木などは布団の下になることを免れていたが、ようやく息の出来る場所へ顔を出せたと思ったら、今度は帽子のように次から次へと雪が積もっていく。ここ数日でその重さに耐えかねて折れた木も増え、辺りはいっそう色彩に乏しくなっていった。
高山の麓で、元より雪の多い地域ではあった。だから雪への対策も知識も他方に比べれば存分にある。おそらくこれだけの雪の下にあっても家は潰れていないだろうし、しばらく生きていくだけの蓄えはあった。だが、それをしてこの降雪量は異常であり、軽い雪が災いして固まる前に積もってしまうために、うっかり外に出ることも出来ないし、出たところで四方八方が雪原である。出ようという気にもなれなかった。
村は完全に雪によって包囲され、時折、固まった雪の落ちる音さえも一瞬で雪に吸い込まれてしまうような、静寂がそっと牙を剥く有様だった。
防寒着をしこたま着込み、マフラーを口許まで引き寄せてギレイオは嘆息する。白い息を眺めながら、ここで足止めをくらう予定はなかった、と幾度となく腸を加熱してきた怒りを思い起こす。ここから離れた所で仕事をこなしていたおり、冬場に備えて暖房器具の整備をしてほしい、と村の人間に乞われ、そう遠くないからと承諾した。依頼の暖房をあっさり整備してしまうと、ギレイオの修理の腕を見込んだらしく、それならこれも、あれも、と彼らは次々と壊れた機械の山を目の前に差しだした。
移動に使う車やバイクに始まり、調理に使うもの、ラジオやソリ、更には農耕具にいたるまで、今までどうやって壊れた部分を補って生きてきたのかと思うほど、彼らは修理屋の来訪に嬉々として品物を差し出した。どうやら寒冷地のこの辺りに住み込んで働く機械工は少ないらしく、いたとしても大きな町に出稼ぎに行ってしまうというのである。
むろん、対価があれば仕事をするのにやぶさかではない。一つ一つの料金は少ないものの、何といっても数が多かった。ここしばらくの生活費を稼いでおこう、と働き、雪がちらつき始めた時には積もる前には下りたいとは考えていた。
実際、徒歩で下りられる頃合いには仕事も片付き、ギレイオは穏便に帰ることが出来ていたのである。
何もかもがあの相方のせいで狂ったと思っても、ばちは当たらないはずだ。
「……あのう」
二階の窓から外を眺めていると、後ろからおそるおそる呼びかける声があった。ギレイオが振り向くと、壮年の女が困惑した表情でこちらを窺っている。ギレイオを初めにここへ呼んだ男の妻であり、名をルーユという。足止めをくったギレイオらに当面の宿を提供してくれていた。
「すみません」
開け放した窓から雪が入り込んでいた。ギレイオは詫びつつ窓を閉める。
しかし、ルーユは頭を振った。
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