Piece15
Piece15
ソラン=バイドという人物は確かに、一人の人間として存在していた。ギレイオらの記憶の中にしか存在していなかった男が、初めて他者の口を介して、その現実性を訴えたのである。
ただし、噂以上に厄介な問題を残して。
「……ふりだしに戻ったようだな」
ギレイオの気持ちを代弁するように、サムナが現状を端的にまとめて呟いた。
そう、つまるところ、彼の足跡を追ってゴールへ赴いたつもりが、角を折れ曲がる内にスタートへ戻ってしまったのである。話を聞いた相手や場所が違うだけで、これではヤンケと話した時と全く変わらない。
「風聞というものは大概にしてそういうものだと思うが。……とりあえずギレイオ」
サムナはつい、と相方を眺めやる。
「物に当たるのはそろそろ止めた方がいいんじゃないのか」
サムナの声が聞こえなかったわけではないだろうが、ギレイオは力いっぱい枕を床に叩きつけて、大きく息を吐いた。
夜も更け、ラオコガに協力する話は翌朝にしようということになった。余所者が遅くまで郊外をうろつくというのは、あまりいい噂を呼ばない。ラオコガやアインに忠告されたことではあったが、その件に関してはギレイオらの方が骨身に染みてよくわかっていた。
混乱する頭を抱えて遺跡群を抜け、宿に戻るまでギレイオはだんまりを決め込んでいた。相当にショックだったのだろう、とサムナは相方の内心を予測し、声をかけないでいたのだが、部屋に入った途端、それまでのだんまりは鬱憤のもう一つの発現の形だったのだと知る。ギレイオは手近にあった椅子を蹴り飛ばし、それから現在に至るまで、標的を枕に絞って溜まったものを拳でぶつけ続けていた。壊れやすい家具ではなく、柔軟性のある枕を対象にしたあたり、冷静と言うべきか、さすがと言うべきか呆れるところだが。
ショックというより、これは怒り狂っていると言った方が正しい、とサムナは自身の認識を改めて静観していたのだが、さすがにそれが一時間も続けば、今度は相方の体力が心配になってくる。ようやく口を開いて制止を呼び掛けると、ギレイオは思いの外素直にそれに応じた。
「……遠路はるばる来てみりゃ……」
肩で息をしながら、ギレイオは低い声で絞り出す。それがどうやら、拳から口へと発現の仕方が変わる鍵になってしまったようだった。
「なんだあの馬鹿は!? てめえの理屈で関わりやがって、訳のわからねえ事に巻き込まれやがって! あいつが馬鹿なのか、俺らを馬鹿にしてんのか、あのアホは!?」
後半ともなると、叫びの内容はほとんど意味不明である。だが、ソランに対して爆発しそうなほどの憤りを感じていることだけは、サムナにもよくわかった。
「消えんならもっと普通に消えろ! 噂の方がよっぽど理屈通ってんじゃねえか、あの馬鹿!!」
「……混乱しているのか怒っているのか、どっちなんだ」
椅子に腰かけたサムナをギレイオはぎろりと睨み付ける。
「一発二発殴る程度じゃすまさねえ」
「死んでいるかもしれん人間を殴ることは出来ないと思うが」
「生きているかもしれねえ可能性はどこいった」
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