Piece10



Piece10



 確か、昔もこんなだったとギレイオは思い出す。真っ暗な闇、自分の手さえ見えない、どこに自分がいるのかもわからない本当の闇に放り出され、発狂寸前にまで追い込まれた。
 人としての体に異物を埋め込み、人たらんとする作業はそういうことなのだと、幼心に刻み付けた覚えがある。だからギレイオは左目の存在に感謝もするが、同時に恐れも抱いているのだった。これは本当に、獣を封じるためだけにあるのだと。
 一度経験したからと言って、慣れることはない。前回、この体験をワイズマンたちに話たが、夢だろうと言ってまともに取り合わなかった。もちろん、ギレイオも初めは夢だと思った。だが、覚醒してからこの時の体験を思い出す度、体にまとわりつく絶対的な不安定感は、現実以上のリアルさを伴ってギレイオの中にしばらく残り続けたのである。トラウマと言うほど恐怖を喚起させるものでもないが、なかったことに出来るほど薄い体験でもなかった。ただ一つの、それも印象深い出来事としてギレイオの中に残り、時間と共に詳細もぼんやりとしてはいたが、こうして再び来てみれば、それも気のせいなのだと思い知る。忘れられていたのではなく、自分で記憶の奥深くにしまい込んでいただけだった。
 暗闇は本当に漆黒である。光もなく、音もない。黒い絵の具で塗りたくったような風景が続くばかりで、続くと言ってもギレイオにはその距離感を掴めるほどの何かが見えているわけではない。単に、自分の体があると思われる範囲内に何もないからそう思っているだけで、本当はその少し先に世界の果てがあるのかもしれなかった。
 だから、体を動かしてみようとするが、動いたところでギレイオは自身の体を確認することが出来ない。光がないからである。ない故に自らを知ることが出来ず、立ち位置すらわかっていない。どちらが天でどちらが地なのか、今自分はどちらを向いているのか、この世界に対しての自身の座標がわからない。
 しかし、今回は恐れがわかない。何が起こるかわかっていたからか、と考えてみるが、その考えが霧散しないことに微かな驚きを覚えた。以前は思考すらも、暗闇に溶けて不定形に変化を繰り返し、まともに考えることさえ出来なかったのである。
 ギレイオは自分の名前、年齢、本来の自分がどこにいて、どういう状況にあるのかを心の中で反芻した。その全てが淀みなく心の奥に浮かび、一つ一つがギレイオの中に確固たる位置を作り出すごとに、自分の体が暗闇に溶けるような感覚から遠ざかって行く。
 どこにあるかわからなかった足、伸びているのか縮んでいるのか不明な腕──四肢に神経が通っていくようである。
 今回は違う、とギレイオは悟った。
 前とは何かが違う。明らかに、何かが。
 思考が霧散しないのなら、もしかしたら、と思ってギレイオは唾を飲み込んだ。案の定、喉が動く感覚がする。息を吸えば鼻の感覚が、吐けば口の感覚が蘇り、開いた口から空気が入り込んだ。
 ギレイオは喉の奥に力を込めてみた。
「……ダルカシュ」
 久しぶりに故郷の名を口にしてみる。胸を貫く痛みは相変わらず激しい。そして、襲い掛かる後悔の念は時間を経るごとに重みを増している気がする。

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