Piece8
Piece8
ギレイオは財布を覗きこみ、何度目とも知れない溜息をついた。初めは暇つぶし程度に数えてはいたサムナも、五回を越えたあたりからその不毛さに気付き、溜息の理由を見つめるだけに留めた。
手元の身分証には見知らぬ名前と見知らぬ戸籍、そして何に必要なのかわからない情報が書かれており、もちろん、これもサムナの与り知らないものである。身分証によれば自分は今、「リオ」という名前らしく、エデンに戸籍を置く立派な人間であるようだ。ギレイオの懐にも同じような身分証があり、同じく、違う名前がそこには記されている。
サムナは連なる山々を背景にした、巨大な建造物群を見つめた。
小高い丘の上に立った長方形の建物は幾重にも連なり、それぞれから尖塔がいくつもそそり立つ。建物同士の間隔は広くとってあるようで、遠目にもそれとわかるのだから、おそらくは目に見えない範囲に別の建物があるのだろう。目に見えないというのも、その建物たちは全て高い壁に囲まれているからであり、学校から丘にかけてと、壁の内側の隙間という隙間に生い茂る木々が、視界を邪魔するからだった。学び舎と言うには隔絶された空間だが、そうすることで学問に集中せよ、という脅迫じみた意志も見え隠れする。計らいと呼ぶにはあまりにも堅固な姿すぎた。
あれこそが、大陸の全術者見習いが憧憬の眼差しで目指す、魔法学校である。
とは言え、サムナはギレイオからそれ以上の情報は知らされていない。あれが魔法学校で、そのためにグランドヒルへ入るには立派な身分証明が必要であり、勿論、立派どころか正規の身分証ですら通れるか怪しい二人は無法者の手を借りるしかなく、そのお陰でギレイオの財布は随分とスリムになっている。
そしてあの中にこそ、彼らが目指すべき人物がいるというのがギレイオの話だが、その節々でゴルと同じく、会うのが非常に嫌な相手のようで、顔をしかめるのだった。
ギレイオの性格の難しさはサムナもそれなりに理解している。そして人によっては煙たがられる性格であることも。
──そんな相方に加え、あのゴルさえも嫌がる相手というのは、一体どれだけ性格が破綻しているのだろうか。
ギレイオらにしてみれば随分と失礼な理由で、純粋な興味がわき始めていた。
「……見たって金が増えるわけでもねえしな。ここが済んだらどっかで稼がねえと」
ようやく財布をしまったギレイオをサムナは振り返る。
「持ち出した品を売った金はもうないのか?」
「あるかよ。身分証二つにここまでの必要経費に、これからの必要経費も込みで手元に残るのは小銭くらい」
「……すまない」
「謝るくらいならとっとと直せ。それと、これから会う奴の相手もよろしく」
「お前もゴラティアスも、その人物の話をする時は嫌そうだな」
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