Piece26



「ちょっと待て。お前、自分が何言ったのかわかってるか?」
 ギレイオは怪訝そうな顔をロマに向けた。
「お前は俺が寝ぼけてるとか、そう思ってんのか」
「だって、サムナのこと、お前一度も……」
 一瞬、ロマを見つめたギレイオは視線を外し、止まっていた食事を再開した。美味くない料理を食べる動きは早い。
「目は覚めた。だからやることやろうって思ったんだよ」
「やることって……」
 放心したようにギレイオを見つめるロマの前でギレイオはあっという間に食事を終え、残りの果物も口に入れて水で押し流してしまうと、息をついた。
「やるべきことだ。俺に出来ること、やらなきゃいけねえこと。他に理由が欲しけりゃ勝手に考えといてくれ」
 それだけを言うとギレイオは立ち上がり、空のプレートを持つ。そして去り際にヤンケへの念押しを忘れず、プレートを返却して足早に食堂を去った。
 後には茫然とそれを見送るロマとヤンケの二人と、彼らの会話を盗み聞いていた船員たちの驚いたような表情が残った。
 ギレイオの変化はそれからも続いた。
 翌日には機械室に赴き、使わない大物の工具を借りていった。壁を伝って歩くだけだった歩行訓練はその日の内に通常の歩行へと進歩を遂げ、夜にはいらない部品を貰いに機械室へ再び姿を現した。緩慢な動きはきびきびとしたものに変わり、周りの目を避けて動くようなことはしなくなった。
 何よりも、とラオコガは言う。
「目が変わった」
 舵にもたれかかった姿勢で呟く。後ろに控えたアインと魔力の調整をしていたタウザーは「左目?」と問う。ラオコガは微かに振り返ってそれを否定した。
「違う。まあ、右左どっちもだけどな」
「……何か年寄りっぽいよ、ラオコガ」
 くすくすと笑ってラオコガは応じる。
「お前の師匠みたいか?」
 タウザーはわずかに動きを止め、それから懐かしむような響きを言葉に乗せて微笑んだ。
「ちょっと風格が足りないけど、ヒュラムさんなら言いそうだね」
 男二人の会話を耳にしながら、アインは誰にもわからないように安堵の息をついた。
 そして残り少ない自身の記憶領域に、「もう大丈夫」と記した。



 一足飛びで歩行訓練をするギレイオは、自らの体が悲鳴を上げるのにも厭わず、厳しい訓練を自らに課した。普通に歩けるようになったと思えば、すぐに駆け足の訓練へと移行し、廊下を小走りながら往復し続けるギレイオの姿を誰もが目にするようになった。しかし、一度なまった体が急ぎ足の訓練について来れる訳もなく、ただ歩くだけの訓練の時よりも、休息にかける時間は増えていた。

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