Piece26



 ギレイオは投げ出した手をきつく握りしめ、項垂れた。それは違う、と心中から強く叫ぶ声がある。アインに導かれ、飛空艇で過ごす内に息を吹き返した幼い頃のギレイオの声だった。消滅したと思っていたものは軋みながら動き続ける歯車たちの底でじっと芽吹きの時を待っていたらしく、静かに訴えた。
 違う、と彼は言う──俺は一人になりたかったわけじゃないんだから。
 家族と一緒にいたかった。出来れば友達も欲しかった。でも、そのどれもあの時の自分には手の届かないものだった。どうすればいいのかを考える頭も、方法も、術も、あの時の自分にはなかった。
 でも、今はどうだろうかと幼い声は問いかける。
 もがき続けて馬鹿な生き方をしてきた自分だが、あの時求めたものへ手を届かせる手段は身についた。そして何よりも、届かないものと思っていた手が届くよう、ずっと働きかけていた人々がいた。
 後悔は存分にすればいい。それこそ死にたくなるくらい、自分を恨めしく思うほどに、やりたければ徹底的にすればいい。心身をすり潰して微塵も残らなくなるまで、ただし、そこまでしてもきっと自分の後悔は満たされない。どれだけ自らを苛んだところで、後悔したことが元に戻ることはないのだから。
 ギレイオはじっと、その声に耳を傾けた。内心を吐露し続ける声は耳を塞ぎたくなるほど流暢に語るが、手は拳を形作ったまま微動だにしない。そして、その通りだと認める自分がいる。自身の後悔にもはや意味などないことに気づいていたからだった。
 悔やみ続けて、いったい自分は何をしたかったんだろうか。
 そうして思い続けることが、彼らへの贖罪になると思っていたのだろうか。
──だとしたら、それは無意味だ。
 その声は、幼いギレイオの声で表されるものではなく、ギレイオは頬の筋肉をわずかに緩めた。きっと、あの無表情できっぱりと言ってのけるに違いない。
 ギレイオは投げ出した両膝を抱え、顔を埋めた。そうして膝に額を押し付け、強く瞼を閉じる。力を込めたら込めた分だけ瞼の裏に焼付く光は強さを増し、ふっと緩めたところで、奥底からせり上がる熱いものが堪えきれずに両目から溢れ出た。
 ゆっくりと顔を上げたギレイオは、頬を伝い落ちる涙を手で拭う。手を濡らすのは透明な滴だった。
「……」
 何かがギレイオの中で変わっていた。ぽたぽたと涙は流れ、それは目を模した魔晶石であるはずの左目にしても同じことであった。
 石の目から涙が流れ落ちる。
 ギレイオは涙を拭いながらも、口元に笑みを浮かべた。こんな非常識、自分一人で考えてどうにかなるものでもない。
 だが、今なら誰かに聞くことが出来る。誰かを頼ってもいいと、誰かが言ってくれる。
 人の輪に入ることを許されたのなら、共に入るべき友人が一人いることをギレイオはよく知っていた。
 その彼を残して回帰することは出来ない。何よりもギレイオが回帰することを望み、手を差し伸べる方法を模索していたのはきっと彼の方だった。
 だから、今度は自分の番だとギレイオは思った。サムナを人の輪の中に「戻す」のは、自分でなければならない。
──なら、戦わなければ。
 過去とも、現在とも、未来とも。
 自らが逃げてきた、ありとあらゆるものと。


 決まった時間に食事を取ることの出来ない船員たちにとって、食堂とは食事をする場所であると同時に、同じ時間を有する友人との談話室でもあった。プライバシーなどというものはないが、寝食を共にする間柄である。普通の世間話に配慮はなく、周りの耳を気にした話をしたい者だけが声をひそめ、隅にたむろする。多かれ少なかれ、常に誰かがいるのが食堂であり、その中で常にギレイオは注目の的だった。


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