Piece26



「一週間か一か月か……その間の働きによるけど、サムナと再会するまではもっていてほしいかな」
 ギレイオは黙って言葉を噛み締める。
「……ラオコガは?」
 アインはつと、視線を落として笑みを収めた。
「もう言った。「私」としての自我はなくなるけど、飛空艇のシステムの一部としては残るから心配しないでねって」
 緩慢な動作でギレイオが足を抱えると、アインがその肩に頭を寄せる。柔らかな髪も肌も人のそれと変わらない。彼女の中にある感情さえも、もはや模倣とは呼べないものであり、それが宿るのであればアインを人形と呼ぶのは既に難しいような気がした。
 サムナもそうだった、とギレイオは思い出した。
「少しこのままにさせてくれる?」
 頭を預けた状態のまま、アインは目を閉じた。
 瞼には神殿の裏に佇むソランがいる。彼は小さな墓を作っている途中で息絶えた。石造りの建築の技術などないにも関わらず、切り出しから組み立てまでを不器用な動作で行い、そして完成を待たずに亡くなった。病だった、と知ったのは彼が亡くなってからである。
 痕跡を消すこと、死んだということさえ曖昧にしておくこと、それがソランの口癖だった。全てを自分が持っていくと、もはや治らない病を知った時から決意していたのだろう。アインには言わずにソランは一人で決めて、一人で行ってしまった。
 粛々とソランの言いつけ通りに埋葬した時、アインの中には何かが生まれようとしていた。それが何であるのかわからず、言葉にも出来ず、尋ねる相手もいない。だから、アインはその手をソランの墓に伸ばした。どうしたらいいのかわからない「何か」を表そうと必死だったのかもしれない。冷たい石の下にいるソランが答えてくれると思ったのかもしれない。
──墓標に見える。
 サムナはそう言った。不器用な二人が、そうとわからぬように作った小さな神殿を彼は見抜いてくれた。
 その時、アインは自分の中に生まれようとして形になれなかった「何か」の正体を知った。
 それだけで、全てが報われたような気がしたのである。
 人生を賭けてもいいと言ったソランの気持ちに、本当の意味で近づくことが出来たと思ったのだ。
「……サムナにソランの墓を見せたことがあるの」
 ぽつりとアインは言葉を落とす。
「本当は墓に見えちゃいけなかったんだけど、彼はあれを墓標だって言ってくれたわ。……私、その時ね、残りの時間は全部あなたに賭けようって思ったのよ。私の兄弟をああいう風に育ててくれたあなたを、絶対に助けようって」

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