Piece25



 ギレイオは溜め息まじりに返事をすると、素直に従った。横で見守るロマの方がワイズマンの正気を疑いたくなったが、ギレイオも、同席するゴルやヤンケも追及する気がないようなので静かに動向を見守る。
 ワイズマンは再び同じように指を動かし、すると、何もないように思われた左目の光が微かに動いたのが、誰の位置からも見て取れた。信じ難い光景に誰もが息を詰める。
「見えますか?」
 唯一、冷静なワイズマンの態度が皆の動揺を和らげた。
「……当たり前の回答になるけどいいのか?」
「まあ、正常でしょう」
 ギレイオの質問には答えず、ワイズマンは淡々と残りの検査を済ませていく。治りかけの状態で飛び出したとは言え、大部分の治療をワイズマンの下で終えていたギレイオの体は、栄養失調と脱水症状、それによって併発したいくつかの不具合を除けば、寝ていれば治る程度のものだった。裏を返せば栄養と水を充分に補給し、尚かつ休息を取ればすぐにでも回復するものでもあり、実際、検査の結果は良好であった。
 まだしばらくの休息は必要だろうが、少しずつ体を動かして慣らしていった方がいいと告げ、ワイズマンは立ち上がる。
「もういいのか」
 ギレイオが声をかけると、ワイズマンは小首を傾げて疑問を返した。
「いいとは、何がです。検査は終わりました。あとはご自由に」
 ただし、と付け加えた声に凄みが増す。
「今度、人の治療を無駄にするような行為をすればどうなるかは猿でもわかると思うのですが、君はどうでしょうね」
「……お前なあ……」
「敬語」
「……ありがとうございました」
 ワイズマンの後に続いて退室する間際、ロマが振り返って言う。
「あれで結構心配してたんだからな」
 じゃあ、と言って二人は扉の向こうに消えた。
 それを見送った後、ギレイオは自分の手元に視線を落として口を閉ざす。元より話し上手ではないゴルとヤンケは会話の接ぎ穂を完全に失い、手持無沙汰にお互いの顔を見合わせるなどしていたが、やがて、ギレイオの方からぽつりと言葉が落とされた。
「……悪かった」
 二人はつとギレイオを見やる。ギレイオは手元を見つめたままだ。
「お前らには悪かったと……思う。でも、今は何をどう話したらいいのかわからない。俺がどうやってお前らと話していたのかも……ていうか俺、よく話せてたよな」
 自嘲気味に笑いながら言うさまは、本当に戸惑っているようだった。
 濃い霧の中から唐突に開放された旅人のような、まるで見えなかった道がいきなり目の前に現れた驚きがギレイオを襲っていた。この道を進んでいいのか、本当に歩いていいのか、立ち止まることも戻ることも、身動きすることそのものを迷っている。
 だから、ギレイオは「話し方がわからない」という表現を使った。霧の中で出会っていた人間たちに、自分はどういう顔でどういう声で話しかけていたのか、それがようやく明らかになったのだ。しかも、ヤンケやゴルはワイズマンのように表情の仮面をいくつも持ち合わせてはいない。人として当たり前の反応を示す彼らは鏡であり、ギレイオはその鏡を覗き込むことに多少の恐怖を感じていた。
 ヤンケはなだめるように言葉を紡ごうとしたが、ゴルがそれを止めた。

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