Piece4



「それでさ、ここに車の部品を売ってる所ってないかい?」
「車? 新しいの、古いの?」
「結構古い。下手すりゃビンテージ物」
「下手ねえ……ま、故障したんじゃあ、それにもなりゃしねえな」
 けらけらと笑いながら、カウンターの端に座る老人を示す。
「あの爺さんに聞けばいいよ。でも、商談中に話しかけるなよ」
 見れば、老人は若い男と話しているところだった。老人の姿に隠れて顔はよく見えないが、うなじで束ねた黒髪と暖色系のサングラス、首周りには傍目にも趣味が悪いと思える、やたらと装飾の多いネックレスが目に入る。
 その途端、ギレイオは手にしたコップに思わず力を込めた。みし、と嫌な音をたててコップにヒビが入る。
「商談中に話しかけると、物凄い剣幕で怒り出すからなあ。あの兄ちゃんが終わってからに……って、おい」
 老人の方を注視しながら、段々と空気をおどろおどろしく変化させていくギレイオに、マスターはよからぬものを感じて声をかける。酒場に喧嘩はつきものでも、一応は阻止しておく義務があった。
 しかし、ギレイオはマスターに向けては極めて愛想良かった。
「そっか、ありがとな。じゃあ、そうするよ」
 マスターの声など、少しも耳に入っていない返答である。ギレイオはコップのヒビを気にして、その分の料金も上乗せして払った。金さえ払って貰えれば言うことはない、とばかりに、マスターは「まいど」と言ってそろそろと離れる。
 そして彼の不安の通り、忠告をまるっきり無視して、ギレイオは老人の方へ大股で歩み寄った。もっとも、老人というより、ギレイオの鋭い視線は老人と話している男の方へ向けられている。ギレイオの不穏な空気をいちはやく感じ取った客たちは、静かにその周りから後退していった。
 二人の会話が間近に聞こえるほどに近づいた時、ギレイオは自身の存在を気付かせるよう、力一杯カウンターを叩く。ほとんど殴ると言ってもいい力の込め方だった。カウンターについていた客は一斉に飛び上がり、彼らが飲んでいたコップから、酒がちゃぷんと波を立てて溢れる。
 無論、カウンターの端に乗っていたコップでさえそうなのだから、老人と男の二人が気付かないはずがない。男は動じることもなく、事の成り行きを見守ることにしたようだが、マスターが忠告した通り、商談を中断させられた老人は怒気も露にギレイオを振り向いた。

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