Piece24



 いらない思考は捨ててしまおうと思っても、自然と思い出されるのだから不思議である。人の記憶とは存外、場所や物といった、体の外に蓄積されるものなのかもしれなかった。
 窪地の中心で、ギレイオは横になっていた。
 初めは座りこけていたのだが、次第に体を支えるのも難しくなり、寝転んで数日経つ。ワイズマンの家を出た時もさして体力は回復していなかったのだから、よくここまでもったと内心で驚いていた。
 あそこを飛び出したことに理由はない。傷心に浸るつもりもなければ、彼らに申し訳ないと思う気持ちもなかった。ただ、散歩をして帰ろうとした時、ふと、自分はもう戻れないと感じたのである。自分を知る人の場へ戻れないなどという、悲劇の主人公じみた考えではない。元から、自分は人の輪にいられる人間ではなかったと思い出したのだった。
 それこそ初めから、産まれたその瞬間から──忘れていた自分にギレイオは慄然とした。あれだけの人を殺しておきながら、どうして今まで忘れることが出来ていたのか。
 そう思った途端、何重にも心を固めていた鎧のメッキは剥がれ、崩壊した。
 ゴルの言っていたことが今ならよくわかる。認めよう、自分は逃げていた。
 逃げていることさえ忘れて、逃げていた。ただがむしゃらに走り続けて、もはやどこを走っているのかすらわからない状態で闇雲に足掻いていただけだった。その姿はさぞ滑稽で痛々しいものだったに違いない。
 そこでサムナに会った。既に逃げている自覚のなかった自分は、サムナを相棒にしようと思った真意にすら気づかなかった。
──サムナは機械だったから。
 彼が精巧に作られた機械と知った時、幼いギレイオは内心で喜んだ。この先ずっと、進んで人に触れることなど出来ないと思っていたギレイオにとって、サムナは天が与えた最高の相棒だったのである。望んでもいない魔法を押し付けた対価を、ようやく払ってくれたような心持であった。それが生き物でないなら、言う事はない。
 何があっても、自分に消される心配はない。
 ダルカシュを消滅させたのは自分だという自覚だけは大いにあった。だから、どんな切っ掛けで均衡が崩れ、魔法が溢れだすのか全く理解出来ていなかったギレイオは、魔法に対する恐怖と憎悪を増大させるしかなかった。ワイズマンの所では使い方を知れと言われるばかりで、ゴルの所では魔法とは関係ないことを多く言われる。ギレイオは何よりも、魔法との共存の仕方を知りたかった。
 サムナの存在はそんな矛盾を一瞬で解消してくれたのである。
 しかし、自分が求めていたのはあくまで「機械」のサムナだったのだと、今ならよくわかった。
 言葉を得て、知性を得て、感情のようなものを得て、段々と人間らしくなっていく相棒に抱いたのは危惧に他ならない。機械が生体になることはあり得ないと理性の上ではわかっていても、ギレイオの根っこにはダルカシュに対する膨大な負い目がある。それが重石となって、ずっとギレイオの心を下へ下へと引きずり込んでいた。機械ではないサムナになってしまったら、いつかは彼も自分は消してしまうのではないか。ワイズマンの言っていた「時期」など待たずに、消せるようになってしまうのではないか。

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