Piece24



「……パストゥス?」
 ワイズマンがぼそりと呟くと、ゴルは膝を打って応じた。
「それじゃ、それそれ。何じゃ、有名なのかそのぱすとすというのは」
 ロマは師を振り返る。
「先生、それって」
 ワイズマンは苦々しげに頷いた。
「また妙な人間が出てきましたね。パストゥスは神殿騎士団の一人ですよ」
「……は?」
「正規部隊の人間ではありません。秘密裏に動く側の人間で……」
「──…あの、ししょー……?」
 真剣な口調に被さるようにして、間の抜けたヤンケの声が会話に割り込んだ。
 話の腰を折られた三者は多少の怒りを滲ませながらヤンケを見やるが、次いで、訪れた異変に目を奪われることとなった。
「……なんじゃ」
 地面が小刻みに震え、ヤンケが押さえる小さな食器棚からコップや皿が落ちていった。けたたましい音を立てて割れる食器類の隣では、不安定な塔を誇っていた本の山が崩れていく。
 机や椅子も音をたてて震えだし、皆は腰を浮かした。
「地震……じゃないみたいですね」
 立ち上がったロマは天井を仰いだ。地震のように揺さぶられるというよりは、空気そのものが震えているようである。窓ガラスがびしびしと悲鳴を上げる一方、共鳴するかのように低い音をたてて唸り始めた。
 一定の幅で震えてはいるが、極端に大きくなるわけではない。しかし、振動は段々と動きとしてではなく音として顕現するようになり、振動の原因がその音であるとわかった時、既に音は家の真上から怒涛のように落とされていた。
 体の内部まで震わすような音にたまりかねて四人は耳を塞ぎ、外へ飛び出す。途端、吹き荒れる風が体を叩き、予想だにしなかった外の変化にたたらを踏んでその場に留まった。風そのものが音のようであり、家という囲いを出た先では更に振動が大きい。
 真上から落ちてくる音の出所を知ろうと、四人は頭上を仰ぐ。墨をとかしたような夜空には星が瞬き、音さえなければ静かな夜であった。しかし、唐突に訪れた空の変化は、何よりも彼らを驚かせたのである。
 夜空を塞ぐ大きな鍋底が、彼らの前に現れようとしていた。



 時間の感覚が失われて久しい。どれくらい経ったのかと考えることさえ億劫で、例え考え始めたとしても、そんなことは無駄だと一蹴する心がある。体力の浪費を嘆く心持はないものの、無用な考えに囚われて浪費するのは嫌だと思った。馬鹿げている、と笑おうとしたが、顔が乾燥して上手く動かず、唇の端が小さく裂ける。そこから滲んだ血の味は、ギレイオがここへ来て初めて口にしたものだった。

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