Piece24



 ワイズマンは腕組みをし、片方の手で口元を覆った。隣に座るロマなどはすっかり血の気が引いており、見かねたヤンケがお茶でも入れようと立ち上がる。ヤンケが初めて聞いた時はもっと簡単に話されていたようだが、それでも怖かったことを思い出していた。
 人同士の争いがなくなったとは言え、新たな脅威としてとって代わったのが“異形なる者”である。彼らには嗜虐の趣味もないようだが、生きるためならば何でもする。それは野生の獣と大差ないのだが、彼らには獣以上の力があった。強い力であるがゆえに、狩りを行えば大抵が凄惨な状況へと転化する。だから、街の外を行き来するような人間であれば、冒険者でなくともむごたらしい事態には慣れるものだった。
 勿論、街の中にも人同士の小競り合いはある。ギレイオの父親はその最たる例に巻き込まれた被害者だ。しかし、それを行うのはどうあっても「人」の力で、人外のものではない。人外の力に晒されると感覚がマヒするのはそういう時であった。
 ゴルやヤンケ、そしてワイズマンとロマも、どちらかと言えばマヒしてきた側の人種である。だから、ある程度の悲劇には、おかしな話だが慣れていた。親を亡くした子も珍しくはなく、無属性方程式魔法でなくとも魔力欠乏症で差別される人間は多くいる。ギレイオに起こった出来事はそれ一つ一つを注視すれば、さして驚くものでもないのだ。だが、彼の場合はそれが最悪の状況と最悪の組み合わせで起きてしまい、更なる悲劇を呼んだ。
 誰かが何かを操作したわけではない。偶然がそれを呼び起こした。そのことが、四人を慄然とさせていた。逃れられない運命というものは、往々にしてあるのだということを。
 そしてギレイオには、そこから助け出してくれる手が現れなかったということを。
「……ギルには」
 ぽつりとロマがもらす。顔を上げたゴルに向かって、ロマは続けて尋ねた。
「師とか、そういう人はいなかったんですか。魔法を教えてくれるような」
「何故?」
「何故って……力の使い方がわかっていれば、少なくとも自分が怖がる必要はなかったと思って」
 ゴルは顎を撫でながら答える。
「父親がその代わりだったようじゃな。もっとも、奴の魔法は普通だったからまともに指導出来ていたかは怪しいが、少なくともギレイオの支えにはなっとっただろう」
 ロマが期待していたような答えではなかったが、それでも安堵するのには一役買った。ギレイオの物語には一つでも多くの救いが欲しかった。
 ロマがほっと肩の力を抜いた時、顎を撫でながら考え続けていたゴルが「そういえば」と声をあげる。
「……聞いたことのない名前を口にしとったことがあったな。知ってるかと聞かれて知らんと答えたからそのままになっとったが……」
「名前?」
 ワイズマンが耳ざとく反応した。
 ゴルは首を傾げつつ記憶を掘り返す。覚えのない名前だったし、その後はギレイオも口にすることなく、本人すら忘れている風潮があったので表に出ることはなかった。
「妙な名前じゃったな……ぱ、ぱす……ぱすと?」

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