Piece24



「それまでそこそこ胆が据わっていると思っとった。人殺しも何も、屁でもないとな。……だが、あれだけは」
 そうして絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……あれだけは、今でも夢でうなされる」
 記憶はおぼろげなものだった。進んで忘れたいと思っていたせいか、仔細を忘れるのに時間はかからなかった。その分、夢は欠けた部分を補うように、日に日に鮮明さを増していったのである。
 ゴルは岩場の間を進んでいた。夢の中のゴルは若く、険しい上り坂と合わせて記憶に由来しているとはっきりわかる。夢を見ながら、ゴルはこれが夢であるとわかり、早々に覚めてほしいと願っていた。この先に何があるのかわかっていたからである。
 しかし、恐怖に反して若いゴルの足はどんどん頂上を目指していく。彼は心から案じていた。写真でしか知らない小さな彼が、今どういう状況にあるのか。いったい何が起こり、いるはずの人々がその生活の痕跡と共に消え失せてしまったのか。
 ディコックの子供が無属性方程式魔法を使えるとは聞いていた。その内容も含めて時々に相談を受けていたため、あの光景を目の当たりにした時には真っ先にギレイオのことが浮かんだのだ。まさかという思いを打ち消すように歩調は自然と速くなるが、早鐘を打つ鼓動は本能的な忌避感を訴える。
 夢とわかっているゴルはその本能に従いたかった。出来ることなら踵を返し、何かの拍子で目覚めて現在の自分を確認したい。だが、若いゴルはずんずん進んでいく。
 そのうち甘い匂いも漂い始めた。件の花は匂いが強いというが、これは目的地がすぐそこに迫っている証拠だろう。自然と駆け足になったゴルへ、後生だからと必死に訴える自分がいる。
 戻ってくれ、帰ってくれ、わしは何も見たくない。
 花畑に着いた時、息は切れていなかった。夢の魔法がなせる業らしく、しかし、あの時目にした現実の花は魔法でもなんでもなく美しかった。夢の中でも同じように美しく、ガラス細工のような儚さを見る者に訴える。
 その中で、蹲る影があった。座り込んで下を向いているのだが、周囲にそそり立つ岩が影となってよく見えない。確かあの時は日暮れが近かったことを思い出し、ゴルは訴えが叶わなかったことを知る。
 ごつ、という鈍い音がして、甘い匂いに微かな鉄の匂いが混じった。再び同じ音がし、甘い匂いは一歩、その場を譲り始める。そして三度、同じ音が響いた時、ゴルは甘い匂いを押しのけたものの正体を知った。
 影は動きを止め、ゆっくりとこちらを振り向く。
 血肉を晒した左目からは大量の血が流れ、顔や首を汚している。
 残った右目からは涙が流れ、そのどちらも光など知らないような色をしてゴルを見つめ返していた。
 いつもそこでゴルは目を覚ます。覚まさずに手を差し伸べてやれたら、あの子は救われていたのだろうかと思わずにはいられない。
「それからはお前たちも知っての通りじゃよ。とにかく医者に見せる必要があったが、わしの身分じゃもぐりにしか伝手もない。そこでお前に頼んだ」

- 395 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -