Piece23
犬をなでていたギレイオは家に入るタイミングを窺っているようで、ホルトは嘆息してその背中を叩く。
「一人でお行き。言ってからなんだろう」
目を白黒とさせていたギレイオは戸惑いつつ頷き、家の空気を窺いつつ中へ入っていった。
ホルトは初めて触れたギレイオの背中の小ささに驚き、喉の奥でくつくつと笑う。自分はいったい、どれだけあの小さな体に怯えていたのだろうか。背丈も中身も他の子供と変わらない、内に秘めた魔法だけは気に入らないが、それだけのことだった。
「楽しそうね、ホルト」
通りかかった老婆が声をかける。彼女はホルトがギレイオに浴びせた罵声を知っていたため、ギレイオと一緒にいるところを見るだけでも驚きだったのだが、こうして笑うことが出来るなど思っていなかった。だから驚きを隠して様子を窺うべく声をかけたのだが、ホルトはあっさりとしたものだった。
「そうね。久しぶりに楽しいわ」
「あらそう」
良かったわね、と老婆は告げ、きょろきょろと見回す。
「ギレイオは?」
彼女はホルトとギレイオが共に戻ってきたことを知っていた。
「中で話していると思うけどねえ」
「中で? 大丈夫なのかね?」
温和な顔に怪訝そうな表情を浮かべた老婆を見やり、ホルトはぞくりと、胸の奥で何かが動くのを感じた。
「大丈夫って、何が?」
「そりゃあ……」
老婆は顔を傾け、言葉を選び選び言う。
「……あのね、あんただから言うけど。最近のウィリカはちょっと、その……危なっかしいっていうか」
老婆は周囲の危惧を口にした。危なっかしいとは過小評価で、実際にはもっと危うい状態なのではないか、というのが一致した意見らしい。
ホルトもその話は聞いたことがあるので今更な感が拭えないが、改めて「大丈夫なのか」と問われると全幅の自信を以て請け合えないところがあった。
何より、先刻感じた不穏な感触がホルトを掴んで離さない。
「私たちも出来るだけ見てるけど、立ち入るのを許さないというか、全力で拒まれちゃって。でもギレイオだけは受け入れているようだし、大丈夫だろうとは思うんだけど」
みるみるうちに表情が険しくなっていくホルトを見かねて、老婆が慌てて「気のせいだと思うけど」と言いかけた時、家の中で派手に大きな物が倒れる音がした。それはホルトや老婆だけでなく、辺りにいた全員の耳目を引き、ホルトは弾かれたように駆け出した。
彼らの中にあった不安が現実となった音であり、ホルトの後ろでは老婆が助けに入るよう声を上げている。誰か、中に、という声が更に人を集めた。
ホルトはぶつかるように扉を開けた。家の中は暗く、明かりを灯さなければ足下もおぼつかない。その中で煮炊きに使う暖炉の火だけは怪しげに燃え盛り、影を躍らせていた。
ウィリカの顔に映る影もまた、広がりつつ縮みつつ形を変えて彩を添える。ただし、それは決して穏やかなものではなく、狂気を滲ませたものであることは、ウィリカの下になっているギレイオを見れば明らかであった。
「ギレイオ!」
ウィリカの手は、馬乗りにしたギレイオの首を締め上げていた。力を込めすぎて白くなった指先を、ギレイオが必死になってはがそうとしているが歯が立たない。大人の力に敵うわけがなかった。
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