Piece23



「その次の夏もそうするかい? あんたはここから逃げ出す勇気も知恵ないんだから、ここで過ごすからには覚悟を決めなきゃ駄目だ。その図体で言ってることがわからないとか言うんじゃないよ。あんたは言ってることがわかって、そうしてるんだから」
 ギレイオは痛い所を突かれたように押し黙った。しかし、茫洋とした表情には何の色も浮かんではこない。
「俺、出ていく」
 返す言葉が見つからずに、反射的に出た言葉だとホルトにはすぐにわかった。
「どうやって? 車も馬も、あんたにあげるような品物は何もないよ」
 その通りであった。家にあるものは全てディコックの物であり、家族の物であり、ダルカシュの物である。ギレイオ一人で自由にしていい品物はディコックが遺した工具ぐらいだ。
 身動きもままならない己の弱さを思い知らされ、ギレイオはますます言葉を飲み込む。状況に甘えて独りよがりな想像に浸っているだけの自分は、つくづく子供なのだと痛感した。そこから脱する力も方法も、ギレイオには思いつかない。
 だから、あの時は暴力的にそれを打破しようとしていた。父親の復讐を起爆剤に、嫌っていた魔法を頼りにして飛び出そうとしていたのだ。随分と虫のいい考えに今更ながら、腹が立つ。
 それをして、ウィリカを責める権利などギレイオにありはしなかった。
「自分で稼ぐんだね」
 ホルトがぽつりと落とした言葉を、ギレイオの耳はしっかりと拾っていた。
「稼いでそのお金で出てお行き。どんな方法で稼いでも、お金は力になる。あんたのあの困った魔法だって表に出さずに済むだろうさ」
「……稼ぐ?」
「ゴーシュが町にそういう伝手を持ってる。後は自分で何とかするんだ。それも出来ないなら、ここで死ぬなり身食いをするなり好きにすればいい。わたしはどちらでも構わないよ」
 ギレイオは新しい発見をしたような目でホルトを見やった。
 ホルトもまた、そんなことを述べる己に新たな自分を見つけていた。
 どうしようもなく憎くても、それだけの激情を持って見つめていた相手が何を考えているのかがわからないわけではない。
 ずっと見ていたのだ。ディコックがいない間も、ウィリカが目を離している時にも、決して褒められたものではない感情を以て、ギレイオを見ていた。だからこそ、ホルトにはわかる。彼がこれ以上ここにいてはいけないことが。
 憎悪が転じて何に変わるのか、ホルトはしぶしぶながら認めた。どれだけ憎くとも、ギレイオは息子の形見なのだと。
「……お母さんに言ってから、行く」
 考えに耽っていたホルトは聞きそびれ、ギレイオに尋ねた。すると、ギレイオはぎこちない笑みを浮かべてホルトに繰り返した。
「お母さんに言ってから。それから」
 やはり似ている、とホルトはせめぎ合う感情に一つのケリをつけた。
 久しぶりに笑ったギレイオの顔は、ディコックの幼いころによく似ていた。



 放牧していた家畜を簡素な囲いの中に戻す頃には、辺りは既に暮れはじめていた。仕事ついでに遊んでいる子供たちを呼び戻す親の声が響き、久しく、ウィリカのそういった声を聞いていないことに、ホルトは一抹の寂しさを感じていた。三人だけになってしまった家族がばらばらな状態であることを、息子は良しとしないはずである。ディコックは常に、どちらに対しても公平であろうとし、しかし、よそから嫁入りしたウィリカのことはいつも気にかけていた。だから、多少なりともウィリカの肩を持つことは多く、ホルトにはそれが我慢ならなかった部分もあった。
 そんな些細なことで苛立っていた時が、今となっては遠い。

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