Piece22



 予想外の自己紹介を終えて歩き出すと、先刻とは打って変わってパストゥスらの足取りは軽い。昼食をとった場所でおよそ三分の一、残りの方が距離はあり、更に手間取るだろうと考えていたのだが、予想に反して彼らの動きには淀みがなかった。案内するギレイオの方が体格差で追いつかれてしまうほどで、先頭のアルンドーはその都度思い出したように速度を緩める。
 いくら判断能力に欠けるとはいえ、昼食前のあれは演技だったのではないかと疑いたくなるものだった。しかし、演技をしたところで誰に得があるのかもわからず、明るい内に下山したいギレイオとは結果として利害が一致する。彼らの速さに負けぬようにと運動能力をフル稼働して上った結果、充分な余裕を持って到着することが出来た。
 そこは岩山に囲まれた窪地で、辺りに草木は一本もない。しかし、窪地になったそこだけは自然に吹き寄せられた土や、ダルカシュの面々が運んだ土によって植物の繁茂が許されていた。ただし、ある特定の植物のみに関してである。
「顔、覆って」
 ギレイオが示すと、呆気にとられて見ていた面々は慌てて鼻から下を外套で覆い隠した。
「君らが慣れているというのは本当なのか?」
 興味を滲ませてパストゥスが尋ねると、ギレイオは頭を振る。
「大人なら。子供はあまり長くいられない」
 そう話している間も甘い匂いが鼻腔を刺激する。
 この何ものも寄せ付けない岩山の中で唯一、繁殖を許された植物は、ガラス工芸のような透き通った花を咲かせていた。陽光の元でも燐光のような青い光はきらめき、夜であればいっそう怪しさが増すことだろう。花の栽培方法を知っている者なら、そこへ恐れという調味料が加わる。パストゥスらも例外なく、その調味料をいただいていた。
「これが薬とは、我らが神もいたずらがすぎる」
 冒険者とはいえ、生理的な嫌悪感には抗えない。この花畑の下に眠るのが死体だと思えばこその反応であり、花を求めながら誰もが同じような表情をする。
 加えて、薬と表裏一体であるかのように、適切な処置でもって採取しなければ毒になるという性質も尻込みさせる手伝いとなった。花そのものが毒になる上、こうして漂う匂いが麻薬のような働きを持つというのは創造主のいたずらというよりは嫌味のようでもある。そのためなのか、ダルカシュの面々はこの花を「神の玩具」や「おまけの花」というように、作られるべくして作られたものではない、という意味合いを込めて呼んでいた。
 ギレイオを指さして、お前のようだと言う陰口の種にもなっているが、喧嘩に発展するほど彼らも関わりたがらないので放っておいている。言いたいのなら正面きって言えばいいものを、ありもしない報復を恐れて彼らは影で言うのだった。
 ギレイオは望んでこうなったわけではないと言いたかった。欲しいと望んで得た力なら喜んで受け入れる。しかし、欲しくもない力を与えられて恐れや僻みの対象になることのどこに、ギレイオの希望を差し挟む余地があるのだろうか。困った子、恐ろしい力と言われ続けることにギレイオは疲労を感じていた。
 欲しいのならくれてやる。渡したところで自分はこの花のように毒を吐いたりはしない。むしろ喜んで譲ってやりたいくらいだった。
──けれども、彼らは恐れる割に、対抗しうる力を得ようという気にはならないようだった。
 被害者である自分が可愛く、加害者という点を中心にして形成される強固な集団が彼らには心地よいのである。そこから抜け出して対抗しようと考えるよりも、共に加害者へ後ろ指をさして口を汚すことの方が彼らにとっては遥かに楽なのだろう。

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