Piece21
覚悟を決めたように見えたロマも自然と背を正し、一方のワイズマンは不遜な態度は相変わらずながらも、聞く用意は誰よりも早く出来ているようだった。
「いいえ。いつでもどうぞ」
「そのつもりで呼んどいていい態度だわい……まあいい」
ヤンケ、と名を呼ぶと、隣りに座したヤンケが端末を開く。
そこには北を上とした、グランドヒル周辺の地図が表示されていた。点在する小さな町も記してある簡単な地図だが、一目でロマはその違いに気付く。
「これ、昔のですよね」
「そうだ」
ゴルはグランドヒルとエデンの間、画面で言えばちょうど左下に近い部分を指した。
「ここはギレイオの故郷じゃ。多分、ここにいる」
そこに町としての表示はなく、あるのは地形図から読み取れる土地の険しさだった。グランドヒルに続く岩山の走りのような場所で、平地は少ない。周囲に町もなく、頼れる地縁はグランドヒルしかないが、一見しただけで遠いと言える。
絶句して見やるロマに対し、ワイズマンは身じろぎもせずにゴルの言葉を待った。
大方の見当はついていたが確信がなく、ヤンケを問い詰めたところで答えが出るとは思えない。そもそも、ヤンケは端からその可能性を捨てていた。ワイズマン自身もギレイオが故郷に戻っている可能性はないに等しく考えていたが、よくない方向での想像力を働かせれば、それは可能性などという生易しい言葉で語られるものではなくなっていた。
「そこがダルカシュですか」
「話したのか?」
ゴルがヤンケに問うと、頭を振って答える。
「私は話してません。ギレイオさんが話すべきだと思ってましたから」
「ま、本当はそうした方がいいんじゃがな……本人がおらんのでは仕方ない」
「彼女の決意が泣きますよ」
「もう泣きませんのでご心配なく! 私は大丈夫です」
本当に、と意地悪く尋ねるワイズマンに向かい、ヤンケはきっぱりと言い放つ。
「とりあえず、ギレイオさんを見つけて一発かますまでは」
「……いつものことをやってどうする……」
ゴルは呆れ顔である。しかし、日常から遠く離れた場所にいる今では、その「いつものこと」がとても愛おしく壊れやすいものだと痛感した。
「ダルカシュの名前は誰から聞いた?」
「ギレイオ君が寝言で。サムナ君も知っているようですが……」
「……それは私が教えました。名前だけですけど」
「僕らにはしぶったのに?」
「サムナさんとワイズマンさんにはハンデがあります」
「わかったわかった、なら、始めからじゃな」
ゴルは腕組みをし、小柄な体から一杯の空気を吐き出した。こういう気苦労は若い内にやっておいた方がいいとつくづく思う。年老いた体にはいささか堪える内容であり、ギレイオを迎えた時にもやはり、もっと若い時であればと無駄な後悔をしたものだった。
あれからどれくらい経つのか。時間に期待を寄せすぎた、とゴルは思った。
「これを聞いてお前らがどう思おうが構わん。とにかく生きて連れて帰れればいい。後は殴るなり糾弾するなり、好きにしろ」
「保護者としては随分、投げやりですね」
「甘やかしすぎたんじゃ。あいつにゃ、徹底的に叱り飛ばす誰かが必要だったんじゃ」
ワイズマンは黙して続きを促した。
ゴルはちらりと窓の外を見る。夜はまだ更け始めたばかり、話すのに時間はたっぷりとあった。
ダルカシュという名は本来、一族の名だ、とゴルは始めた。
Piece21 終
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