Piece21
ところが、現実は予測を大幅に上回ってやって来た。
「……あれ?」
留守を任されたのなら、と空いた時間を活用して一階を片づけていたロマは、窓の外に見慣れぬ人影を認めて声をあげた。その声に気づいたヤンケが端末から顔を上げ、食い入るように外を見つめるロマの様子に気づいて隣に並ぶ。
「あれがワイズマンさんの?」
「学校の関係者じゃなさそうだなあ……」
小柄な人物であった。そして多少、腰も曲がっているように見え、手足は細い。第一印象から老人のようだと二人は思ったが、それにしては随分と大きな荷物を背負っていた。自身の体の二倍から三倍ほどはある荷物を背負いながらも、足は重さを感じさせない動きでこちらに向かっている。
いっこうに歩くペースの落ちない人物の容貌が近づくにつれ明らかになったとき、ヤンケは弾かれたように窓から離れた。
ロマが振り向くと、既にヤンケは扉に駆け寄ったところであり、がちゃがちゃと大きな音を立てながら扉を開けると、一目散に駆けだしていった。そのわずかな一瞬、ヤンケの目に久方ぶりの涙を目にしたような気がしたロマは、次に聞こえた大声に度肝を抜かれる羽目となる。
「師匠!!」
それはヤンケの嬉しそうな声だった。しかし、ロマはその感情に同調することが出来なかった。
「……師匠?」
ロマはワイズマンのことは先生と呼び、ヤンケはワイズマンのことを名前に敬称をつけて呼ぶ。
彼女が師匠と呼べるのは、と考えた時、先刻、ヤンケが口にしたあまりにも現実味を欠いていた憶測が蘇ってきた。
半瞬置いて驚愕が這い上り、ロマは大声を上げる。
「えええええっ!?」
「やかましい!!」
間髪入れず、雷のように怒声が叩きつけられ、ロマは体をびくりとさせて声のした方を見た。
普通サイズの扉を通り抜けようと背負った荷物を横にし、ずるずると押しながら一人の老人が入ってくる。その後ろではヤンケが彼の仕事を手伝っていたが、やはり嬉しそうだ。
「……あのくそったれの弟子は静かに客を迎えることも出来んのか」
「まあまあ、師匠。そこは大目に見てあげましょうよ」
ふん、と鼻を鳴らす老人をロマは知っていた。
かつて、ギレイオを連れてきたはいいが、ワイズマンと壮絶な舌戦を繰り広げたご老体であり──そして犬猿の仲であり、火と油であり、と仲の悪さを例える言葉に事欠かない相手である。
「……ゴラティアス=アロン……」
名を呼ばれ、ゴルは「うん?」とロマを見返した。
「なんじゃ、小僧。まだこんな所でやっとったか。おおかた、逃げられなかったんだろうがな」
一瞬にして現状を見抜かれたロマは言葉を失う。
決してショックを受けたわけでもなく、怒りに震えたわけでもなかった。
「……先生の言っていた来客って……」
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