Piece20



Piece20



 エインスは椅子を揺らしながら座り、扉をじっと見つめていた。
 個室にしては広い部屋で、家具などの調度品の類はどれも美しい造りの物であった。勿論、エインスが行儀悪く腰かけている椅子も同じことである。見る者が見れば恍惚感さえ覚えるような内装だが、生憎とエインスの心にそういったものの到来は見られない。そんなことがあるとすれば、自分が壊れる時だけだ、とエインスは考えている。
 この部屋を与えたのはディレゴであった。人間らしさを常に求める彼は、データだけでなく生活環境においても人間らしいものを彼らに与えようとした。さすがに食事やトイレなど、機能として持ち得ないものは求めはしないものの、眠ること、本を読むこと、音楽を聴くことといったものはいつでも提供出来る状態にはあった。しかし、エインスは当然のこと、従順なドゥレイもそれだけはディレゴには従わなかった。命令なら、と本人はディレゴに言ったこともあるようだが、それでは意味がないとディレゴが引き下がった形になる。
 結局、ディレゴの試みを行っているのはネウンのみで、時折、読書している姿が見かけられた。それも「とりあえず」といった感が拭えず、ディレゴ当人も無駄な試みだと諦め半分でネウンに本を貸しているようである。
 そんなネウンですらこの部屋で過ごすことは少なく、今のエインスのように部屋に籠ることなどまずなかった。ドゥレイなど部屋に立ち入ること自体、数えるほどである。
 三人に共通して言えるのは、そんなことをしても無駄だということだった。
 何故なら、ディレゴの訴求は彼らに対してのものではないからである。
「……」
 エインスは背もたれに乗せた腕をおろし、伸ばしてみた。肩からむき出しになった腕には動きに応じて筋肉が浮かび上がり、見せかけの血管がうっすらと見える。筋肉にしても本物の筋組織を使っているとは言え、その奥に潜むのは金属の骨格だ。人間の腕のような見た目でも、実際は人とは遠くかけ離れた存在でしかない。それは彼らを作ったディレゴが一番よくわかっている。エインスらは人間ではない。
 それでも人間であれとディレゴが思うのは、単に感情論からでしかない。ディレゴの前任者である、名前だけはよく知られた女へ抱くものが何なのか、エインスは最近になってようやく理解出来るようになってきた。
──ギレイオ。
 サムナを連れながらも、一度としてその相方を見据えることのなかった人間である。決して自らに踏み込ませず、また自らも踏み込まず、しかしながらサムナを相棒とし、一方でその内心ではサムナを機械としてしか見ていなかった。そしてそのことにずっと気付かぬまま、先に気付いたサムナがギレイオを離れこちらにいる。
 結果は重畳、任務は果たされ自分たちは馬鹿げた命令から解放された。サムナに手を出してはいけないという命令は承服しかねるものがあるが、追いかけて大陸中を動き回るよりは遥かに楽である。それに近くにいるのなら、ニアミスを装って仕掛けることも可能だった。何ものにも煩わされることのない日常が目の前には広がっている。

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