Piece19



 ふと、サムナもそうだったのだろうかとヤンケは思った。
 サムナの隣には常にギレイオがいた。出来ないことの挙動の端々は、ギレイオを通じて見ていたはずである。その時、彼は何を思ったのだろう。何も思わなかったかもしれない。だが、サムナなら、「何も思わなかった自分」を考えるという選択を取りそうな気がした。
「……わたしは」
 たっぷり沈黙を保ってから、ネウンは口を開く。期待を込めてヤンケが見上げると、緩慢な口ぶりでネウンは問うた。
「君の言う通り、本当にいい人だろうか」
 それはネウンにとって、とても大事な問いのように聞こえた。ゆっくりと吐かれた言葉を吟味し、ヤンケは「はい」とだけ答える。
 ネウンは表情を変えず、「そうか」と言って微かに目を伏せ、静かな声で続ける。
「……賭けはいつでも来ていい。君が来ればわかる。その時は必ず、裏口を使うんだ」
 ヤンケが期待したような応えは出ず、いくらか拍子抜けしたため、曖昧な返事を口にすることしか出来ない。知らぬ間に肩に込めていた力が抜け、ふう、とヤンケは小さく息をついた。
「すぐに行きます」
 ネウンは伏せた目を上げる。
「ギレイオさんをどうにかしたら、すぐに」
 最優先すべきは、あの目が離せない兄弟子だった。今度こそは逃げないと、ヤンケは確信を込めて言えた。
 ネウンは微かに目元を緩め、「待っている」と言い、踵を返した。
 声の余韻を楽しむでもなく、仮想空間からの帰還は、軟着陸とはいかなかった。どういうわけかネウンと会った時は必ず現実で何か問題が起きている時であり、この時も、目覚めてすぐに飛び込んできたのはロマの慌てたような声だった。
「おい、大丈夫か? 頼むからしっかりしてくれ」
 しっかりしてやりたいのは山々なれど、頭が現実と仮想空間とのギャップに慣れるのには時間がかかる。熟睡していたところを無理矢理起こされると不快になるように、ヤンケは重い頭を振ってどうにか吐き気を堪えているところだった。
 身につけていた器具を外し、何度か深呼吸を繰り返して目の焦点を合わせる。下生えの草を握りしめると青臭い香りが鼻を刺激して、どうにか覚醒を果たすに至った。
「……なんですか」
 それでも不機嫌そうな声になるのはご愛嬌というものだろう。これがギレイオ相手なら、辺り構わず物を掴んで投げつけているところだった。
 そうでなくて良かった、と自身の理性に拍手を送っていると、ロマの口からその兄弟子の名が聞こえる。
「ギルを見なかったか」
 ギル、と言われ、初めは何のことかわからなかったが、段々と回転数を上げていく頭はすぐに、それがギレイオの愛称であると判断した。まさかギレイオを愛称で呼ぶ人間がいるとは思わなかったため、驚きと共にかなり強く脳に刻み込まれているらしかった。
「……ギレイオさんが、何か」
 まだろれつが怪しい。しかし、視界にあるロマの顔は段々と、ヤンケの中に警鐘を鳴り響かせていく。
──どうしたんだろう。
 声高く鳴る警鐘はヤンケの覚醒を各段に早くした。背筋を冷たいものが這い登るような悪寒を感じ、ヤンケはみるみるうちに現実へ引き込まれていく。

- 345 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -