Piece19



 出会えると思っていなかった手前、いざ目の前にすると、喜びなど瞬時に霧散した。ただ目にしたものを口にするだけで精一杯となる。
「……顔」
 ヤンケは遠慮も恥じらいもなく、ネウンの顔を凝視する。
 たった一度しか会っておらず、しかもその後は日記の解読などに日々を追われ、人の顔を覚えるのに割く頭脳の配分など削られていく一方だった。だから声や雰囲気は覚えていても、姿まではおぼろげな記憶しか残っていなかったのである。サムナに似ているという印象だけはしっかり残っていたので、会えばわかるはず、と、普段は人の顔などなかなか覚えないヤンケは意外にも、楽観的に構えていた。嫌いな性格ではなかった、というのも大きな一因であろう。
 だが、覚えていないわりには、目の前のネウンの姿から感じるのは違和感だった。どこがどうという指摘は出来ないにしても、全体として何かが違うとヤンケの曖昧な記憶が告げる。霞んだ目で見ていた物をもう一度目にした時、雰囲気や形が違うことはわかる──それぐらいのあやふやさではあるが、はっきりと、何かが違うということだけはわかった。
 黙ったままのネウンへ何か言おうとし、口を開くと、違和感が段々と輪郭を得てヤンケの中に言葉を落とす。
「……そんなに、髪の毛少なかったでしたっけ」
 口にしてからしまったと思うが、出した言葉は収めようもない。だが、記憶にあるよりも髪の毛が全体的に薄く、白くなっているような気がするのだった。
 一気に年をとったようだ、と表現してみると、やっと違和感の正体がヤンケにも掴みとれるようになった。
 見上げるほどの巨躯は変わらないが、全体的に老けた印象だった。目尻には皺が見え、ほうれい線が薄く軌跡を描いている。元々が落ち着いた雰囲気を持っているだけに、外見だけがやけに年老いて見えて仕方なかった。壮年の男性の姿でヤンケの前に現れたネウンは、ヤンケの不躾な質問にも真面目に答えた。
「こういう仕様だから、仕方がない」
 ヤンケは立ち上がってネウンに向き直る。体は相変わらず大きかった。
「仕様って……この前はもっと若かったじゃないですか」
 仮想空間で使う疑似体だったと考えても、どうして年老いた形にしてしまったのか理解に苦しむ。誰しもより良い姿を選ぶはずだ。
「あれはわたしには合わなかった」
 短く返し、それ以上の追及を避けるようにネウンは話題を変える。
「それより、君は何をしていた」
「何をって……」
「意識を取り込まれて消えるところだった。……そこに」
 ネウンの太い指がヤンケの後ろを指さす。振り返ると、地面に漏斗状の穴が開いていた。しかし、平面へ回復させようという力が働いているようで、漏斗の中心から段々と地面がせりあがっている。無論、ここにあるのは本物の地面ではないので、見えるのは土ではなく断片化されたデータ群だった。漆黒の中で時折きらめく緑の光が獲物を待ち構える蛇の目のようで、ヤンケは自分の置かれていた状況を理解して戦慄する。
「ここは君の世界だ。だから、君さえ意識をしっかり保っていればすぐに修復する。だが、今のはあまり感心しない」
 ネウンにしては珍しく非難めいた口調だった。それがヤンケの心に引っ掛かり、思わず反論してしまう。

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