Piece19



 知りたいことは知ることが出来ないのに、手段として選んだ道だけはどんどん拓かれていく。喜びこそすれ、心の片隅でじっと動かないものがあるのも事実だった。
 ロマはじっと日記を見つめるワイズマンを見ていて、ようやく気付く。
 ヤンケの驚いた表情は、この日記を知っている顔であることを──だからこそ、ワイズマンは封じていたものを解いたのだということを。



 ワイズマンの家が見えなくなるまで歩き通し、ヤンケはようやく足を止め、古木の根元に座った。ごつごつとした木肌は無骨で、背中を預けると痛い。しかし、大きく広げた枝葉は衣を変えている途中のようで、昼の真っ直ぐな日差しを和らげて地上に届ける。眩しい緑色よりも、色味を落としたこちらの方が心が落ち着いた。
 抱えた膝の中には携帯型の端末も入っていた。歩いてきた手前、体は暖かかったが、地面についた尻から段々と冷気が這い登ってくる。頬に残る涙の跡は乾燥し、動かすと引っ張られるような感覚があった。ここに来てから泣き通しだ、とヤンケは思い、自嘲気味に笑った。
 ワイズマンに言われた言葉がずっと、身の内を巡っている。答えを保留にしたものの、考えがあって保留にしたわけではなかった。ただ、ヤンケには答えが出せなかった。歩けば気持ちの整理もつくだろうと思って外に出たが、整理がつくどころか混迷を極めるばかりである。
 涙は出るのに悲しいわけではない。胸を突くような感情が働いたわけではない。自分が情けなくて涙が出てくるとわかっていながら、そんな自虐をやめられない。ゴルの所へ弟子入りする前の自分へ、ヤンケは戻ってしまっていた。
 こんな時、ずかずかと人の心へ土足へ踏み入り、嵐のように走り去っていくゴルやギレイオの存在が本当にありがたいと感じる。だが、ギレイオ、と考えてヤンケは肩をびくりとさせた。怖くて話せないと言ったばかりなのに、もう頼ろうとしている。
 このちぐはぐさもヤンケを悩ませた。心が分裂してあちこち動き回っているようで、手綱を握ることが出来ない。かつてはそれを握りつぶすことで治めていたが、今はそうすることの恐ろしさを知ってしまったから、難しい話だった。
 泣けば泣いただけ心と体の間に隙間が出来ていく。それをじっと見つめているだけというのは耐えられない。目を閉じても同じことで、頬を伝う涙が余計に熱く感じられるだけだった。心と体がどうしようもなく、ずれていく。
 不意に、ネウンのことが思い出され、ヤンケは涙を乱暴に拭って端末に向き直った。
──話せなくてもいいから。
 彼との賭けの結果を報告したい気分ではなかった。だからまともな会話を期待するつもりもない。ただ、今は誰かに会いたかった。
 ヤンケは半ば惰性に近い動作で準備を進めた。端末には簡易型の『マッド』も組み込まれており、側面からケーブルで繋がった丸い吸盤状の物を二つ引き出すと、耳の裏に装着する。そして端末の縁から半円状の機械を外し、上下に広げて眼鏡のようにかけた。

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