Piece16



 次第に動きは緩慢になり、汗で滲んだ目は開けているのか閉じているのかもわからない。これは開いているのだろう、と思って見ても、視界はぼやけるばかりで要領を得なかった。
 息を吸い込んでも肺にまで酸素が行き渡る感覚はなく、喉の辺りだけを巡って外へ出ているようだった。深く息を吸わなければと思っても、体が言うことを聞かない。その度に焦り、焦るが故に体はままならず、頭は次第に朦朧としていく。
「……な」
 ふいに、荒い息遣い以外の音が聞こえた。それが外からの音だとわかるまでに数秒を要し、男は上を見上げる動作をする。
 そこでようやく、男は自分の肩に乗った悪魔を見ることが出来た。
──なんだ、こうすれば良かった。
 ただ首を上げればいいだけの話だった。そうすれば、そこには頭から血を流し、全身傷だらけになりながら男を見下ろす、青い二つの瞳が見えたのだった。
 青い瞳は恐ろしいほど美しかった。特に、左目の輝きは人の目とは思えない光に満ちている。男が幼い時に見た、夜の湖に似ている。月の光を反射しながら、その底に静かに闇をたたえている静かな光だった。
 こうすれば良かっただけの話だ、と男は初めて後悔した。
 その耳に、囁くようにそっと呟く声が届く。
「悪かったな。……俺も、こうなるとは思わなかった」
 声は茫然としているようで、この少年は自身の力に驚きながら戦ったのかと思うと、おかしさが込み上げてきた。なんで、こんな阿呆に振り回されたのか、と男は荒い息の中で笑おうとする。
「ふ……はは……は」
 頭上でぱきん、という、高い音がした。鉱石にヒビが入った時のような音が、頭から段々と下へ降りてくる。
「……悪かった。……本当に、悪い」
 少年はしきりに悪かった、と呟く。それが自分に向けてなのか、誰に向けてなのか、その瞳から読むことは出来ない。
 だが、何に驚いているのかだけはわかった。
 わかっていても、もはや男にはそれを口にすることが出来なかった。



 サムナと別れ、再編した仲間と建物に向かったナーグは、遠くから聞こえてくる悲鳴に思わず足を止めた。
 正門から裏門までを広場と通路が貫き、その周囲を建物が囲むようになっているため、どこから入っても一周すれば元の位置に戻れる。自分たちの腕に自信があったわけではないが、危険と素早さを天秤にかければ、どちらに傾くなど自明の理であり、残党を調べながら行けば手間も省けると、ナーグらは早くに建物に入ろうとしていた、矢先のことだった。
「……これ、悲鳴か?」
 仲間の一人が周りへ尋ねるも、答える声はない。重ねて聞こえる悲鳴はどう聞いても大人数のものであり、そのどれもが途中で不自然に途切れていく。風が吹き抜ける音だと思い込みたいという意識がこの問いを生んだのだが、逆に、これは悲鳴だと皆に無視出来ない現実を植えつける結果となった。
 尻ごみする空気を感じ、ナーグは武器を構えて言う。
「行きゃわかる、行こう」

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