Piece15



 ソランに関してもそうである。サムナが帰属していたらしい所の関係者だと言っていたが、それも、「それだけ」だ。肩書きは宙に浮き、ソランという人間そのものの記憶は残っても、彼が属していた機関には文字の羅列としての情報以上の意味合いを持たない。
 自分のことがまるで理解不能だ、と結論づけるのに時間はかからなかったが、それで混乱をきたすほど複雑に出来ていない自分をサムナは思い知った。だから、どうでもよかった。知ったところで意味のない情報に重きを置く理由がない。知って思考するだけの器がないのだから、自分が持ちうる器に見合った情報を取捨選択していくしかない。
 それで自分の──ひいてはギレイオの平穏が保たれるのなら。
 平穏だと思っていたものは、いつから綻び始めていたのだろうか。今となってはもうわからない小さな破綻の兆しは、サムナにもギレイオにも見えていなかった。
 破綻、という言葉を使った自分をサムナは驚かずに受け入れられた。
──壊れかけている。
 もう修復のしようがないほどに、サムナとギレイオの関係は大きなズレをきたしている。一体、ギレイオはこのことに気づいているのだろうか。否、サムナがわかるくらいなのだから、ギレイオなら既に気づいている頃合いだろう。今は、どこまでそのフリを演じていられるかにかかっている。
 多分、ギレイオは器用にこなしていくだろう、とサムナは思った。だが同時に、その器用さが仇になるだろうとも思っていた。
 サムナはまだいい。器用さも不器用さも、所詮は真似にすぎない。全てが同じ直線の上にあるもので、どれに対しても等距離でいるしかない身には葛藤すらも存在しない。ただ学習していったものを選び、取るだけの作業だ。そこに何の不和があろうものか。
 だが、人間は違う。自分の心を繕う器用さも不器用さも、起伏に富んだ地平の上にあるものだ。俯瞰して選べるものではないし、もしかしたら探すことすら困難に思えてくるだろう。選ぶ本人も同じ場所に立たなければ、見ることが出来ない。同時に、立ち位置が同じであるからこそ見えないものも多い。そこに人の多様性があり、何故あの時に見えなかったのかと葛藤するだけの不和も得る。ギレイオはそれについて、人よりも目隠ししている部分が多すぎた。自ら進んで見えないフリをしているため、初めはフリであったそれも、いつしか真実になりつつあり、ギレイオ自身もどうしてそんなことをしているのかわからなくなっているはずである。
 ギレイオは自分が何を選んで見て、何を目隠ししたのかわかっていない。ゴルの言う「逃げ方の悪さ」は思わぬ所で増悪を繰り返していたようだ。
 サムナは遺跡の発掘作業に勤しむ作業員たちを眺めながら、ぼんやりと思考を重ねた。
 自分が側にいることが、ギレイオの「逃げ方」を悪化させているのではないだろうか。
「……あら、珍しい」
 不意に驚いたような声が聞こえ、サムナは声のした方を振り向いた。しかしそこに人影はなく、「こっち」と次いで言われた言葉に応えて視線を下へ移す。そこには大きな紙袋を抱えたアインがサムナを見上げていた。
「……珍しい、とは」

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