Piece13



 問題があるとすれば、そんな彼らを扱う主人の方にあった。
 ヤンケは椅子の背もたれに背中を押し付け、ディスプレイから体を離すことで全体図を見ようとでもするかのように、伸ばした腕の先でちょこちょこと操作しては、目を細めて見入り、頭を振って消すを繰り返していた。かれこれ数時間、それを繰り返しているわけだが、行動の中身に進歩は見られない。ついでにヤンケにしかわからないことだが、行動の目的にも進歩は見られなかった。
 今頃、兄弟子たちはグランドヒルで治療を受けているのだろうか。それとも、せっかちな兄弟子のことだから、もう出発してマトアスに向かっているのだろうか。どちらにしても、振り回されるのはあの寡黙な相棒に違いないのだが、と思うと、硬くなっていた頬の筋肉が緩み、ヤンケは息を吐きながら体を伸ばした。
 壁一面に並んだディスプレイは意味不明の文字列をびっしりと映し出している。その全てが、あのネット空間から離脱した後に送られてきたデータだった。
 その量は膨大も膨大、あまりにも多いので、様々に拡張工事を行ってきたヤンケのコンピューターでも悲鳴をあげるほどだった。数時間かけて送られてきたデータをまた数時間かけて保存し、意味不明ながらもどうやら節で分けているらしく、その箇所で区切って分類し、節ごとに表示している次第だった。
 総数153節、ヤンケの目の前にあるものはその一部にすぎない。
 見たところプログラムの類でもなく、何かの命令文でもなさそうだった。ついでに言えば言葉ですらなく、アナグラムでもない。断片的に文字を捉えれば単語にならないわけでもないが、それではただの言葉遊びに他ならない。とは言え、藁をも掴む思いで一番最初に単語の抽出をしたが、どう並べ替えてみても、意味不明な文字列が意味不明な文章へ進化しただけだった。これでは用を成さない。
 可視化出来ない部分にプログラムが組み込まれており、ヤンケが何かの動作をすることでそれが発動するのではないか、というのが今のところ考えられる一番有力な説であり、それを実行するべく思いつく限りの命令文や単語、果ては神話や神殿騎士団の蔵書の文章まで引用して入力してみたものの、文字列はぴくりとも動かない。
 やってやろう、という熱意で突っ走ったヤンケの頭はもう空っぽだった。初めは無尽蔵に湧いて出た燃料も底を尽き、補充があるのかどうかすらも怪しい。ギレイオがいないから言えるのだが、まさにお手上げとはこのことである。
 そうなると自然な流れのように食事も細くなり、いつもの勢いもなくなっていく。これはおかしいと感じたゴルが無理矢理に食事をさせ、気分転換よろしく仕事を押し付けなければ、ヤンケはまともな生活すら出来なくなっていただろうと思う。おかげで最低限のラインで理性を保っていられるのだが、絶対の自信を持っていた己の技術と知識がまるで役に立たないという現実は、ヤンケを殊更に苦しめた。
──大口叩いちゃったなあ。
 考えが浅い、とはゴルによく言われることである。

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