Piece12



 自分にも、今がどういう状況なのかは判断出来る、とサムナは食器についた汚れをふき取りながら思った。
 言葉のブレ、声の調子、音程、目や手の動き、顔の筋肉の小さな変化、体温の上昇──人間の感情や状態は彼らが思う以上に、表へ出ている。人間同士であれば、それらの些細な変化は見逃され、その他の沢山の情報の中へ埋没してしまうものだが、サムナには生憎とそれらを拾い上げる機能が備わっていた。だから「情報」としてなら理解は可能だった。それに何を与えれば「感情」になるのかは、まだわからない。
 だからこそ、今もいつもと同じような状態で食器を片づけることが出来る。あらかじめ汚れをふき取ることで、流すのに使う水は少なくて済むはずだとか、ここは水をそう贅沢に使える場所ではないようだから、とか、この場には似つかわしくない生活の知恵も普通に考えられる。そして、そうすることに違和を感じない。
 サムナの中では全てが一直線上にあることなのだ。どれも同じ位置、同じ高さにあるもので、その中に優劣は存在しないし、一直線上に全てあるが故に、何かと交差することで増える分岐や煩雑さに悩む必要もない。全ては情報と数値の中に存在する。
──そのはずだが。
 今こうして生活の知恵を引き出しているのは、故意なのだろうか、それとも他意によるものなのだろうか。この場合の他意は、システム的なものを意味し、そうすると、故意とされるものはサムナの個性を指し示すと言ってもいい。そもそもそう考えること自体がおかしいのではないのだろうか。故意も他意も、自らを自覚することで初めて生まれる感覚である。サムナは俯瞰して自らを見つめることは出来るが、自らを「自分」として知覚出来たことは今までない。そう、一度もなかった。
 サムナは食器を片づける手を止めた。
 何故気付かなかったのか。サムナを「サムナ」としたのはギレイオであり、今の自分はギレイオを通じて構築されたものである。今の「サムナ」は機械がギレイオと彼の環境から得た情報を蓄積し、模倣したものであり、自己を知覚するということは本来ならば意味のない行為である。全ては模倣だからだ。そこに自己など存在し得るはずもない。サムナは自分から何かを得ようとして動いたことがないからだった。
 お前は今のままでいいと、ギレイオは今以上のサムナを求めることはしなかった。
──それは、人が機械に愚直さを求める言葉ではないだろうか。
 おかしくは、ないか。
「あんた、あの子の兄弟じゃなさそうだね」
 ピエシュの言葉がサムナの中に広がった闇を切り裂き、現実へと引き戻す。
 何度か瞬きをしてサムナは現実を取り戻し、食器を棚にしまいながら答えた。
「どうしてそう思う」
「だって似てないからね。冒険者でつるんでるのかい?」
「五年ぐらいになる」
「五年か。大陸をふらふらしてよく生き延びたもんだ」

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