Piece12



「……匂いが強いからか」
「少し違うな。あの匂いには催眠効果がある。それもどちらかというと悪い方に入るタイプのものだ。ひどいと、始終悪夢を見ているような状態になる。獣レベルの神経でもそれを恐れるくらいには能があった、ってことだ。だから来ない」
「……だが、彼女もお前も平気そうに見える」
「匂いは毒だが、花そのものは薬になる。適正な量を処置すれば麻酔にもなるし、鎮痛剤にもなる。加えてそれを処方し続ければ、催眠効果に対する耐性も出来る」
「“異形なる者”がそれを行う可能性はないということか? 言葉を理解する知能を持っていれば、それに思い至る者も出てくると思うが」
 それはない、と言ってギレイオはゆるゆると頭を振る。ピエシュは注意深く、その様を見つめていた。
「見ての通り、あの姿だ。植物だが、高硬度、高純度の鉱石の成分と変わりはない。摘んでもただの石ころと同じだし、摘んで時間が経つと今度は致死性の毒を吐き出す。だが、摘んだそれを植物の姿に変えて薬にする方法が一つだけある。今のところ、それは“異形なる者”には絶対に出来ない」
「絶対に……?」
 ギレイオは初めて視線を動かし、ピエシュを見た。対するピエシュは挑むようにその視線を受けて返す。
 ギレイオの目に逡巡するような光が宿るが、やがて小さく息を吐くと言葉を続けた。
「光力属性方程式魔法で強力な光を瞬間的に照射してやると、どういうわけか植物の姿になる。原理はわからない。ただ、太陽や炎や、人工的な光ではそうはならない。魔法でのみそうなる。……あんたはそれが出来るってことだ」
 いつの間にか食事を終えていたピエシュが、テーブルの上で両手を組んでギレイオを見つめる。
「そうだよ。あんたの言う通りだ。でも、あたしはそこまでわかってやってたわけじゃない。あたしの魔法で薬に変えてやれる、って教わっただけ。後は付け焼刃でついた知恵だよ」
「素人でもここまで出来りゃ上等だ」
 ギレイオはそれだけを言い、ちぎったパンを口に放り込んで席を立つ。後はもう何も話すことはない、とその背中が暗に告げて二人をはねつけた。一切振り返ることなく扉を開け、外へ出ていく。ばたん、と思いの外強い力で閉じられた扉の音が、少しの間でも融解しつつあったその場の空気を再び萎縮させた。サムナが、というより、ピエシュの方にその影響は大きいようである。
 尻が椅子に張り付いたまま動けない様子のピエシュを見かね、サムナは立ち上がり、食器を片付け始めた。悪いね、と言うピエシュの声に張りはない。サムナの行動につられて立つこともなく、そうする気遣いを持ち出す余裕を失っているらしいことは明らかだった。

- 209 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -