Piece11



 同じくなけなしの食糧を与えようともしたが、手で払って嫌がる。物を食べられる状態でもないのだろう。なら、何かを尋ね、答えを求められる状態でもないのは明らかだった。
 匂い、とギレイオは呟いた。
「死体の匂いを消すってなると、花とかか?」
「よっぽど強烈な匂いでないと無理じゃないか」
「お前、わかる? そういうの」
 サムナは少し考えた。
「犬ではないからな。……だが、それほど強い匂いなら、この辺りでも感知出来ていいはずなんだが」
 地平線を滑るだけだった朝日が段々と顔を覗かせ、辺りの暗闇を払拭していく。色を取り戻した大地には緑が見え、影が巣食うだけだった風景には、点在する森や岩山が息を吹き返したかのように自らを主張し始めた。
「一旦、止めよう。風でその匂いが散ってるかもしれねえし」
 車を止め、降りて見回してみる。犬よろしく鼻を高く上げて風の匂いを嗅いでみるが、何を目当てに探せばいいのかもわからないから、意味がない。
 ギレイオは嘆息し、地図を広げた。
「人気もねえし、噂の感じじゃこのあたりでいいと思うんだけどなあ……」
「彼女の行動範囲の広さもあるだろう。その年齢ではあまり遠くまでは行けないだろうから」
「骨を集めて回る奴に、年相応の体力を求める方がおかしいんだよ。まあ、つっても持ち物からしてそう遠くに行こうと思ってたわけじゃねえみたいだし。“異形なる者”に襲われて逃げるうちに迷ったとか、そんなもんだろ。……じゃ、このへんなんだけどなあ」
 ギレイオは地図を睨み付ける。
 大都市から離れ、その間に点在する小さな街からも離れた、人の営みの穴のような場所だと思った。探そうと思って見なければ目にも留まらない、実際、冒険者よろしく動き回るギレイオでさえも、こんな場所があるとは思わなかった。
「……風が当たらないって筋で行けば、窪地みたいな所だろうな」
 これまでの記憶と照らし合わせて、範囲を絞ってみる。それでも、地図上に広がる大地は広く、目の前に広がる風景は更に広い。
「こんな所で持続して匂いを保てるなんて言ったら、まあ植物の線で絞った方が無難だろうしなあ。……つったら、水場の近くかあ? いや、そしたら出くわす奴も……」
 植物、という単語を念頭に置いて考えると、鼻が自然とそれに似た匂いを探そうとする。
 この辺りはいくらか緑が多い。そのために、空気には常にそれらの匂いが満ちていた。探そうとすれば探そうとするほど、どツボにはまるような場所であることは間違いない。
 その時、ふと、この場に似つかわしくない甘い匂いが鼻腔を突き、ギレイオは地図から顔をあげた。似つかわしくない匂いではあるが、ギレイオは割と最近にこれと同じ匂いを嗅いだことがある、と記憶を掘り返す。
 数日の話ではない、むしろ数時間単位、匂いの記憶は一瞬にして時間を飛び越え、ギレイオの記憶を刺激した。

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