Piece11
時々、エインスは自分が二人と明らかに違うことを思い知らされ、優越と共に激しい怒りを感じる。
優越は当たり前の反応だろう。そしてそれは人らしい。人らしくあれ、としたディレゴの概念そのものである。人は他と自分とを比べることで、相互の認識を図り、世界に対する己の位置の座標を知る。エインスはそれに成功していた。
だが、怒りとは何なのだろうか、とエインスは思う。
エインスが知り、表現する感情とは、さながら魚釣りのような行為だった。
人の感情というものにはこれだけの数がある、と多数の竿を並べ、気象条件によって引き上げる竿を変える。竿の先には長い長い糸が伸びており、時には魚が、時には隣の竿の糸が、そして時にはその糸の先が見えないほど深くまで、海底に潜っていることもある。それが感情の選択であり、発現の多様性を生んでいた。
しかし、形式化されたそれを一体何と呼ぶのかまではエインスは知らない。晴れればこの竿、曇りならあの竿、雨時々雪であるならこの竿、とルーチンの中で行動していくのみで、その結果、発現された感情に対しての理解はないと言ってもいい。
だから、エインスは二人と違うことに、二つの感情の竿が動いたことがよくわからなかった。その竿を取れ、という状況になり、いつもの通り取ったまでで、そこで初めて、エインスは竿を投げている海に興味を抱いた。
「エインス」
黙考していたエインスは名を呼ばれて初めて、ドゥレイが近くにまで来ていたことを知った。
あの訳のわからない会議の後、ドゥレイら二人はディレゴと共に会議を続け、エインスは馬鹿馬鹿しくなってその場を去った。そして三人とディレゴが暮らす屋敷の中庭でこうしてぼけらとしていられるわけだが、それにしても、ドゥレイの存在にも気づかないほど考えていられたということは、これも進歩の一つに考えていいだろう、とエインスは小さく息を吐く。
「お話は終わったのかよ」
「童話が聞きたければ自分で探せ。命令が聞きたければ黙って聞け」
エインスは顔をしかめたが、反論はせず、気のない返事をして側頭部の機械に触れた。
「便利なもんだなー。オレが聞きたくなくても、勝手に脳みそに刻み込んでくれるんだからよ」
「……聞きたくなければ、操作しなければいいさ。お前にはその選択肢もある」
珍しく、ドゥレイの声に力がない。おや、と思って見上げると、ドゥレイはエインスから少し離れてベンチに腰かけた。
「人は学習する時、文字通り、脳に刻み込むんだそうだ。だから脳に皺が多ければ多いほど、その脳は多くの学習を果たしていることになる」
「ご高説どうも。別にお前の説教を叩き込むためにやったんじゃないんですけどねえ」
「そうだ。俺が語る中で一番に意味を持つ高説だ。お前は忘れるな」
「聞きたくなくても聞いてるよ。そんで? 命令って?」
「サムナの居所がわかった」
エインスの表情が変わる。
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