Piece11



 デイディウスはカプセルの正面で車椅子を止め、それを見上げる。
 青白い光に照らされ、培養液の中に浮かぶのは女の首だった。
 首からは脊髄が伸び、ウエーブのかかった栗色の髪がなびいてそのグロテスクさを時々覆い隠す。閉じた瞼の縁を長い睫が彩り、頬には微かな血色すら見て取れる。ともすれば目を開けそうなほどの生々しさがあった。
 伸びた脊髄、首、頭にはいくつものケーブルが繋がれ、それが彼女の命を支えている──生きている、とデイディウスは考えている。
 死んではいない。この姿でも、生きている。そうするよう彼女が言い、そして従ったというのに、以降、彼女は眠ったままだった。
 デイディウスは膝を握りしめた。膝の下には何ものの感触もない。そこに彼が失った全てがある。
──なぜ、答えてくれないのか。
 なぜ、なぜ、とデイディウスは問い続ける。
「……アマーティア」
 彼女は答えなかった。



 一瞬だけ、エインスは喜んでいた。
 サムナが彼らに劣ると聞いた時、胸の奥にある小さな何かが飛び跳ねるような感覚を覚えた。故障かとも思ったが、内部にそんな反応はない。これは何か、とネウンに聞いたところ、それが「喜び」だと教えられたが、知った途端に跳ねていた小さな物は押しつぶされ、粉々になった。喜びの反対はエインスにもわかる。だからこそ、自分が忌々しく感じた。
 サムナとギレイオの行方が掴めない以上、三人がむやみやたらに出歩いて探し回ることをディレゴもデイディウスも良しとしない。
 確かに、三人は秘匿されるべき存在だ。彼らに集められた技術は流出していいものではないし、その技術がどんなものであるのか知られれば、非難は避けられず、お伽噺のように存在を許されてきた『機構』のことも明るみに出てしまう。サムナがああして外を自由に動き回っていることの方がおかしいのだった。あちらは禁忌を破り、こちらはそれを守り続けている。その馬鹿馬鹿しさといったら、ドゥレイもネウンも口にはしないものの、同じことを抱えているであろうことは明白であった。
 だが、それを馬鹿馬鹿しいと言って唾棄するのはエインスのみである。他の二人は唾棄するということも知らない。あるいは知っているのだろうが、行動に移すだけの根拠がなければ、自らを機械であると知っている二人にそんな「反応」は出来ない。
──なぜ、自分は違うのか。

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