Piece11



「……マスター」
 静かに呼ばれ、ディレゴは顔をあげる。見れば、ドゥレイがこちらを見据えていた。
「エインスの情報の精査を」
 ああ、と生返事を返しかけて、ディレゴは本来の職務を思い出し、咳払いすることで気持ちを切り替えた。卑下も焦りもここに持ってきてはいけない。全て、己の研究室に置いてこなければならない。ディレゴが創り出した三つの命の前では、絶対的な創造主であらねばならない。
 かつて、ディレゴの先任がそうであったように。
 そういうことが自然に出来る女性だったことを、久しぶりに澄んだ気持ちで思い出した。
「……君たち同様、サムナもまた人から学ぶ機械だ。自然に吸収するものを阻害することは難しい。学ぶことが自らの使命のようなものだからね」
 ディレゴはエインスを見た。
「だが、エインスの言う通りなら、サムナの学習は例の少年によって阻害されていると思っていいだろう」
「阻害出来ないと言ったことは?」
 ドゥレイは続けた。
「学ぶことが使命という表現は否定しない。その通りだろうと思う。だから他の影響によって阻害出来ないという言葉にも納得出来る。でもサムナは違うというのはどういうこと?」
 ディレゴはしばらく考えた後、言葉を迷いつつ答えた。
「これはあくまで仮説だし、今の話から簡単に立てた推論だが。多分、サムナの学習は阻害されているというより、『そういう状態』を学習したんじゃないかと思う」
「……阻害されている状態をということか」
 ネウンが言葉を足すと、ディレゴは頷いて応じた。
「そうだ。自分はそういうことが学習出来ない、したとしても自分の物にすることが出来ない、自分はそういう物だと学んでしまえば、それ以上の学習は意味のないものとして破棄されてしまうんだろう。出来ない物、という学習が、サムナ本人のみならず、他者によっても植えつけられたものなら、尚更影響は強いだろう」
「……単なる強烈な思い込みじゃねえか」
 頬杖をつきながら、エインスはつまらなそうに言う。皆の視線が集まってもその態度は変わることはなかった。
「ガキが親の言う事をくそまじめに聞いてこうなりました、とかよく聞くぜ。あほらしい」
 いらいらとした口調で言うさまが子供じみており、ディレゴは珍しく、口元に苦笑を浮かべて言う。
「思い込みというのは時々、とてつもない力を発揮するものだ。我々人間よりも、君たちのような存在には特に顕著と言える。自分がなんであるかを、君たちは自分で決めることが出来うるんだからね」
「えらそーに……」

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