Piece10



 ぼんやりとした表情は、転じて、怒りで表情が消えたようにも見える。しかし、今回はいつものようにわかりやすくはない、とサムナは思った。怒っているのなら怒っている、喜んでいるのなら喜んでいる空気を辺りにばらまくのがギレイオであるのに、今のギレイオはそのどちらもない。空っぽである、と称した方がいいだろう。
 ロマが声を荒げても何の反応も見せず、ギレイオはただぼうっとこちらを見るばかりである。これにはさすがのロマも不審に思い、顔の前で手をひらひらとさせてみた。だが、これにも反応はない。
 一緒になって見ていたサムナだが、ふと思い立って口を開いた。
「……半分、寝ているんじゃないのか」
「これでか!? 寝てても暴力的なのかこいつは!?」
「いや、だが……」
 さすがのギレイオも、夢うつつで暴力を振るったりはしない。しかし、現状が通常と同じと言い難い状況である以上、そういったことも起こりうるだろう、とサムナは続けた。次いで、殴った理由についてはわからないが、とも付け加えておく。
 理不尽としか言いようのない暴力に合ったロマにしてみれば、それでは文句のぶつけどころがない。ワイズマンは一足先に関心を失ったようだし、彼が興味をなくしたということは、大したことではないのだろう。ロマに出来るのは文句を飲み込み、怒りを抑え、ギレイオを寝台にまで誘導することだが、そこまで大人でいられるなら一番最初に声を荒げたりはしない。
 ロマは嘆息し、仕返しとばかりにギレイオの頭をはたいた。
「これぐらいはしないと気が済まん。ほらほら戻るぞ」
 そう言いながらギレイオを誘導する様は、まるで老人を介護しているようだ、とロマは思い、我ながら何をやっているんだろうという気に陥った。ギレイオはそれに大人しく従い、二階のベッドへと戻っていく。
 そんな二人を眺めながら、魔晶石に慣らす段階でこんなこともあるものか、とサムナが妙に感心していると、不意に本の要塞の向こうから声があがった。
「半分寝ていて、半分覚醒した状態でしょうね。何か聞こえたんでしょう」
 サムナがそちらを向いたのに気付いたのかそうでないのか、独白に近い口調でワイズマンは続けた。
「それで起きて殴ったのなら、怒りにまかせてでしょうが。……一体何に怒ったのやら」
 これには、サムナは答えられなかった。
 あれで怒っているとするワイズマンの言に、是も否も答えようがなかった。



 サムナ自身は順調に回復していった。ゴルの所では露になっていた腕の接合面も今は痕を残すのみとなり、へこんでいた脇腹に至っては腕よりも早く元の形を取り戻している。便利な体だ、とギレイオを見てサムナは思った。

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