Piece10



 怒る、というのも不思議である。腹の奥に一瞬だけ、くすぶる火のような熱さを感じてそれを言葉にしただけなのだが、それが「怒る」という行為だと自覚してやったわけではない。
 自覚のない行動は出来ない。何故なら自分は機械なのだから──無意識などあるわけがないのだから、と、サムナはロマの表現に疑問を持った。
「……怒るというのは違う」
「今のは無意識下からの反射的な反応だ」
「反射はあるだろう。おれにとっては人間の真似がそれだ。だが、おれには自覚のない行動は出来ない。だから、今のは怒るのとは違う」
 ぱら、と本の壁の向こうで再び紙をめくる音が聞こえだした。ワイズマンは少し、興味を失ってきたようである。
 更に言い募ろうとしたが、はた、と気づいてサムナは疑問の波に飲み込まれた。では、今こうして反論しようとしている自分は、一体、何をそんなに意固地になっているのだろうか。
 怒るのとは違う。何故なら、怒るわけがないから。怒るという機能がない、そんなデータがない、機械にそんな複雑な多様性を求めてはいけない──機械に感情はないのだ。だから、サムナは人間の真似をする。人の真似をしてパターンを知り、その何百通りもあるパターンを収集し、現実に反射していくのだ。パターンの反映であって、それは「感情」と呼ぶにはお粗末な代物である。計算と膨大な記憶の下、成せる業だった。
 それは怒りではない。ギレイオを見ていると、そう思う。彼のように、喜怒哀楽がはっきりとしている人間は情報の宝庫だった。だから初めは猿真似のようにギレイオの感情を真似ていったが、やがてそれだけでは足りないと知るようになる。ギレイオ一人の奥底から湧き上がるものは、どこまでいっても、「ギレイオ」ただ一人のものでしかないからだった。そこにパターンはなく、では、と目を向けた他の人間を見ても、感情はその人だけのもので、共有することは出来てもサムナ自身のものにすることは出来なかった。だから、サムナは自分にはそういうものを納めるだけの機能がなく、湧き上がってくるものも、これまでに見た誰かの真似だと思っている。
──そう思っていたことを、違うと言われて何を反論しようというのか。
 考えれば考えるほど、何もない、とサムナの内は答える。
 「何もない」と思っていた腔から、何もない、と何者かが答えるのだった。
 では、そう答えるのは誰かと再び思案の淵に立った時、サムナはロマの背後に動くものを見た。ふと顔を上げてみれば、そこにはぼんやりとした顔で立つギレイオがいた。
 サムナの視線に気づいたロマが振り返って「起きたか」と声を上げた時、茫洋とした目で見ていたギレイオの右手が上がり、その倍の速度でロマの脳天めがけて振り下ろされた。ごつ、という鈍い音を聞いて、さすがのワイズマンも手を止めたらしい。ペンを走らせる音が一瞬止まり、こちらを窺う空気が感じ取られたが、すぐに事を知って作業に戻る。
 一方、訳もわからず殴られたロマは何か言わねば気が済まない。
「……お前は目覚めに誰かを殴らないと起きれないのか!?」

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