Piece10



 そして案の定と言うべきか、幸運にもと言うべきか、ワイズマンは弟子の言い分に異を唱えることはしなかった。どうやらワイズマンにとっても、しっくりくる言葉だったようである。
「消えたという話も聞きませんから、いるんでしょう」
「ギレイオがそれだと?」
 逸るサムナを抑えつつ、ワイズマンは苦笑した。
「可能性の話ですがね。しかし、移牧民なら安全な場所も知っていますし、食料を調達する術も持ち合わせています。ですが、そうすると一つ、原点の疑問が湧き上がってきませんか」
「原点?」
「基本中の基本です。ギレイオ君の家族はどうしているのか」
 答えに近づいてきている、という一種の緊張感のようなものに包まれていた場が、しゅう、と音を立てて萎むようだった。ロマは「それか」と呟いて息を吐き、肩を落とす。
「そうでした。……そこですよね。移牧民なら人手は貴重だから、簡単には手放さないだろうし。人買いが介在していたとしても、そんな襲撃があれば人の流入に変化もありますもんね」
「そこがネックになっているんですよ。ゴラティアスは滅多なことでは、表の人間に関わることはしません。偏屈ですからね。その彼がわざわざギレイオ君を保護し、連れて来たからにはそれなりの理由があるはずです。家族以外の、保護者になり得る人々を差し置いて、彼が保護者になれる、と言ったら、僕が思い浮かぶ理由は一つしかないんですがね」
 ワイズマンは思わせぶりに言い、答えを導き出すように二人を見つめる。
 道は作ったとでも言いたげなワイズマンに対し、引き出しの少ない二人は熟考の時間をいくらか要した。地図を見つめ、その辺に散乱している書物を見つめ、しまいには床を見つめて思案を重ねる。
 ロマが考えている横で、サムナは頭の奥に閃くものがあった。それは記憶としてではなく、これまでの経験や見聞きした情報の中から、同じような状況になり得るものがなかったか、という情報の精査による閃きである。しかし、それがあながち間違ってはいないだろうという確信もあり、それが確信に近いからこそ、サムナは眉をひそめた。
「……察しがつきましたか?」
 ワイズマンが尋ねる。数瞬遅れてロマも気づいたようで、師を見つめ、先に気付いたサムナを見上げた。
 多分、と前置きをつけてから、サムナは続けた。
「多分、ギレイオの家族はもういない。それ以外の親しい人間も、きっともういないんだろう。……一瞬のうちに消えてしまったら、誰もギレイオを守ることは出来ない。……そういうことなのか?」
 一瞬、という言葉が重くのしかかる。
 特別な言葉ではない。世の中に氾濫する言葉の一つに過ぎず、それだけを取り上げてどうこう言うようなものでもない。

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