Piece10



 この痛みも記憶も風化させてはならないと、ギレイオは思う。だが、重くなるばかりの後悔は既にその形もわからないほど巨大に膨れ上がり、時々、ギレイオはもうこの荷を降ろしたいと思うのだった。一人で抱えるには大きすぎる。
──しかし、一人で抱えなければならない。
 目を背けたい衝動と拮抗するように、「だが」という言葉が毎日浮かび上がるのだった。
 誰がやったのでもない。全てギレイオがやったことだった。だからこそ、逃げる術がわからない。
 事情を知るゴルや、ヤンケなどは「もういい」と言う。
 しかし、「もういい」とされる中にいるのは、一切の感情を持ち込まない暴力的な力によって亡くなった人々である。
 もういい、と言うにはあまりにも大きすぎる。
 ギレイオの記憶にはまだ、あの風景が色濃く残っていた。
 かつては小さいながらも、人々の営みがあった場所だった。小さいからこそ団結されたコミュニティで、誰もが誰もの顔を知り、だからこそ助け合い、恐れずに人の心に踏み込む術を知っている。それを多少お節介に感じながらも許せる空気が、あそこにはあった。
 好きな村でもなかったが、嫌いな村でもなかった。小さな世界に満足している雰囲気に苛立つことはあっても、その世界の中でやれることを精一杯やろうとする人々までは嫌いにはなれない。
 だが、彼らの助けがギレイオらの所へ届く前に、事は起きた。
 起きてしまった事を悔やんでも遅い。悔いたところで過去が帳消しになるわけではないのだし、なるからといって悔やむのはおかしな話だ。
 ただ、戻れば、と思う。
 あの瞬間、あの時よりも前、幸福を幸福と思わなかった頃に戻れれば、どんなに良い事か。
──戻りたい。出来ることなら。
 かつては、小さな村があった場所だった。
 今、そこはすり鉢状に地面を大きく抉られ、人の営みなど見る影もない。建物の跡も、木々も、井戸も、人さえも痕跡の一切を残さず、そこは何も知らぬ者が見れば、ただ平和な草原の窪地である。
 だが、そこは故郷であると同時に、ギレイオが初めて、自分の魔法で物を消し去った場所だった。人を含めた、文字通り「全て」を。
──どうあっても、ギレイオはここから歩き出すことは出来ない。



 目の奥で光が炸裂し、瞼の感覚が生まれる。開けようとしたら、瞼はゆっくりとだが簡単にギレイオの意志に沿い、久方ぶりに目にした光景と呼べる光景には光が溢れ、その中で呆れたような声を出すワイズマンがいた。

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